猫になった女子高生の話

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 あたりはすっかり暗くなった。澄んだ空に浮かぶ丸い月が路面を照らす。  洋品店の前で菜摘は猫を待った。  猫との約束では夜といったものの具体的な時間を決めていなかった。というか時間を決めていたとしても猫になったいまの菜摘では時間はわからない。ただあたりが暗くなれば夜が訪れたものと思うだけだ。  いったいなにをしていたんだろう。いまにして思えば些細な悩みだったと思う。父や母がなにかを言ったとしてもそれは菜摘のことを思ってのことだった。素直に聞くこともできるし、自分の考えをもっとしっかり持って関係ないと切り捨てることだってできたはずだ。それなのに、親のせいにして考えることから逃げていた。  バレー部でキャプテンをやっていたとき、後輩の話に聞く耳をもたなかった。結衣が彼氏とのことを相談してきたとき、私には彼氏がいないからわからないと軽く流したこともあった。わからなくても彼女の気持ちに寄り添えたはずだといまはわかる。  自分勝手で最低な生き方をしてきた。民家の窓から漏れる明かりに心で泣いた。いままで自分が幸せだったことがわかったから。  心にわだかまっていた思いが整理されていく。気がつけば菜摘は家に向かっていた。  家の前までたどり着いた。かといって玄関のベルを押せるはずもなく、芝が敷かれた庭に回る。リビングの掃き出し窓にかかるカーテンの隙間から漏れる光に吸い寄せられ、そっと中の様子を窺う。そこには楽しそうに笑う菜摘がいた。父と母も楽しそうに笑っている。三人で囲む食卓。いつも近くで見ていたはずなのに、いまはずいぶん遠くに見えた。早く帰りたい。  本物の私はここにいるよ。すぐにでも家の中に入って行きたい気持ちを抑え、家族が寝静まるのを待った。  夜も遅く、ようやくリビングの明かりが消えた。二階にある父と母の寝室に明かりが点き、しばらく灯っていたが、その明かりも消えるとあたりは月の明かりを残して暗闇に包まれた。  寝室の隣にある菜摘の部屋にはまだ明かりが点いている。夜になったら洋品店にくる約束だ。そろそろ彼女は出てくるはず。そう思っていると部屋の明かりが消えた。菜摘は玄関に回り、彼女が出てくるのを待った。
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