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「全部、作り話よ。昨日はお茶会なんてなかったし鼻血ブーもなかった。第三王子が来るときは誘うって約束したっしょ? 呼べなくっても報告くらいするわ」
美女は鼻血ブーのところで反射的に思い出し笑いしそうになるのをどうにか堪え首を傾げる。
「それはそうですけれども、ではどうしてこのようなお話を?」
「アタシの世界じゃこういう無駄な面白い話とか芸をする職業があんのよ。道化師みたいなのとはちょっと違ってね。ぶっちゃけこの国はお笑いの質が悪いわ」
「質が悪いって……酷い言いようですこと」
「まあ有力者の醜聞はアタシの世界でも年がら年中大流行だったけどさあ、ひとをあざける笑いは上中下の下の下よ。わかる? 下の下」
「げえげえやかましくってよ貴女。お顔までカエルそっくりですわ」
「アンタこそやかましいわ」
ジト目で言ったその言葉に美女がまたクスリと笑う。彼女が視線を巡らすと笑いを堪えている様子で数名がこちらを見ていた。
「ほら見てみ、ウケてんじゃんアタシたち」
美女がギョっとした表情で周囲を見回すと、全員が一斉に視線を逸らした。
それはそうだろう。この美女こそが今この教室の中で最も社会的地位が高いのだから、それを笑うなんて文字通り命に関わりかねない。
誰も目を合わせようとしない現状を打破する方法を思い付かず、美女が歯噛みして視線を落とした。
「ぐうう、副宰相令嬢ともあろう者が他人に笑われるなんて……不覚、一生の不覚ですわっ」
「違う、そうじゃない」
彼女がその言葉を変なポーズで否定した。
「なにが違いますの? あとわざわざ立ち上がってそのポーズはなんですの?」
「ポーズは気にしなくていいから。アタシたちは笑われたんじゃないの。笑わせたのよ」
「詭弁では」
「そんなことない。アタシ狙ってたもん」
「ちょっとそれ、結局貴女のダシにされたわたくしは笑われたのではありませんこと?」
少し離れたところでまた噴き出すような息遣いが聞こえた。
「いやあ、アンタやっぱりツッコミの才能があるわ。アタシと漫才しよっか?」
「いつか女神様にお会いできたらその場で交換をお願いしたいくらい要らない才能ですわ。……漫才、というのは先ほどおっしゃっていた面白い話をしたりする?」
「そ、漫才師って言うんだけど」
「ですから、わたくしは、副宰相の一人娘なのですけれども?」
無理やり作った微笑みに青筋がバキバキに浮かんでいる。
「だからいいんじゃん」
「なんにもよくありませんわ……まったく」
美女が溜息を吐いたところで予鈴が鳴り、なにごともなかったように授業が始まる。
この話はこれで終わったと思っている美女に対して、彼女は心の中でほくそ笑んでいた。
「外堀から埋めていっちゃうのよねえ」
「なにか言いまして?」
「んにゃ、ひとりごと」
ひとの醜聞くらいにしか楽しみを見出していない美女と同じような育ちの令息令嬢らが、さっきのできごとを話題にしないはずがないのだから。
気付けば泥沼。肩までどっぷりというわけだ。
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