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周りに生えているれんげの花を食べながら、クロは今か今かと待ち構えている。
そうして、退屈になったクロは、ぽつりぽつりとうろの中のハツカネズミに向かって話し始めた。
「きみ、家族は?」
返事はない。
このハツカネズミもクロが生まれたのと同じ船で大洪水を逃れたはず。
まだ子供だから、クロと同じように、あの船で生まれたんだと思うけど。
「ぼくは、洪水の後に船の中で生まれたんだ。妹のミケと双子でね」
虎のところを逃げ出してから、初めて誰かと会話する。
それをなんだか嬉しく感じる自分がいる。
相手が例え今から食べようとしているネズミであっても。
「ぼくのお母さんは、ぼくを産んですぐに死んじゃったんだ。ぼくは小さかったから、よく覚えてないけど」
クロは聞いているかどうかも分からないうろの中のハツカネズミに向かって語りかける。
「でね、お母さんの代わりに虎のお母さんがぼくと妹にお乳をくれて、育ててくれたんだ。だから、ぼくは虎のお母さんが大好きだし、感謝もしてる」
クロは少し前のことを懐かしく思い返しながら語る。
「でも、虎の子は別だ。ぼくを邪魔者扱いして、蹴ったり、噛んだり、追い回したり。ぼくよりずっと大きな体で、僕をいじめるんだ」
その時、木のうろの中でカサリと小さな音がした。
「きみ、名前は?」
クロはうろの中を見つめて尋ねる。
けれど、返事はない。
「ぼくは、クロっていうんだ。妹はミケ。お父さんは、ミケばかり可愛がるんだ。ミケはお母さんにそっくりなんだって。ぼくはお父さんにそっくりなのに」
クロは、いつもお父さんにぴったりとくっついていたミケを思い出しながら、話しかける。
「虎にいじめられた時も、お父さんはミケだけをかばって護ってた。ぼくは1人で逃げ回るしかなかったんだ」
そんな時、お母さんが生きていてくれたらって何度思ったかしれない。
「だから、ぼくは船を飛び出したんだ。1人で荒野をさまよって、ここで1人で生きてる。きみは、なんでこんなところに1人でいるの?」
どうせ答えないだろうと思いながらも、クロは尋ねずにはいられない。
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