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何故に白ブリーフは恥ずかしいのだろうか?
ぼくはこの4月に田舎の学校から都会の学校に転校してきた。田舎の学校は複式学級で小学生と中学生が一つの教室で勉強し、基本は自習ばかりだった。人数は全部で五人、ぼくを含めた小学生三人に中学生二人の組み合わせだ。
そんな超がつくほどのド田舎から都会の学校に転校してきたぼくは一つの教室の中にいる人数の多さに驚いた。なんと二十三人もいるのだ。ぼくが転校する前にいた田舎で二十人以上集まっているのを見るのは村祭りや葬式ぐらいしかない。家に帰って父にその話をしたら笑われた。それから父は昔のことを話しだした。父は元々都会ぐらしで、子供の頃には一クラス四十人以上が普通で更に四クラスか五クラスはあるものだったと昔を懐かしむのであった。母は田舎育ちで複式学級しか知らなく最高でも一クラス十人程の経験しかなく、父の話に興味深そうに耳を傾けるのであった。そんな父からすれば一クラス二十三人と言う数字は「少なくなったな、怖いねぇ少子化は」と未来を心配させるものであったが、子供のぼくにとっては『まだ』関係のないことである。
それはさておき、ぼくは転校初日に早速友達が出来た。その友達がクラスカースト上位の人気者であったおかげか友達の輪は瞬く間に広がり、男子全員から「友達」とは認識されるようになった。抜けきれない方言や流行遅れであることから田舎者と誂う奴がいないこともないが、珍しいとかおふざけの範囲でイジメとかそのような感はない。
半ドンの短縮授業が終わり、通常授業となり初めての体育の授業。ぼくは教室で体操服に着替えようとした。しかし、ぼくは着替えの手を止めてしまった。周りが続々とズボンを脱いでいパンツ丸出しになったのを見て驚いたからである。なんと、全員がトランクスやボクサーブリーフと言った柄物のパンツなのだ。ぼくはと言うと白ブリーフである。
田舎の学校では男子は皆白ブリーフであったために気にすることはなかったのだが、この都会の学校では皆がトランクスやボクサーブリーフの柄物故に、ぼくの履く白ブリーフだけが極めつけの異端にして異物。別に白ブリーフとトランクスやボクサーブリーフのような柄物に優越があるとは思わないが、何故か激しい敗北感を覚えてしまった。いや、敗北感と言うよりは羞恥心と言う方が正しいかもしれない。
ぼくがこうしてまごまごとしていると、体操服のクォーターパンツを履いて着替えを終えた友人が未だに着替えないぼくの姿に気がついて声をかけてきた。
「あれ? 着替えないの? 次体育だよ?」
「あ、いや、その」
「何? まだ体操服買ってない?」
体操服袋はぼくの机のフックに引っ掛けられている。転校前に学校指定の販売店に行って購入したものだ。友人はそれをチラりと見た。
「あるじゃねぇか。早く着替えてグラウンド出ようぜ?」
「あ、うん……」
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