失踪

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失踪

『天才小説家の西山香一(にしやまきょういち)さん失踪か?!』 俺は衝撃のネットニュースに驚き、を書いていた手を止めた。もし、これが本当なら小説界を揺るがす大事件だ。不謹慎にもワクワクしてしまった。ここ最近、小説はもちろんの事、テレビドラマや映画まで、西山香一の作品ばかりで個人的に面白くなかったからだ。 数分後、テレビの臨時ニュースでも流れたので、どうやら間違い無い情報のようだ。俺は、新しいスターを見付けてやると胸が高鳴り、いつもより5分早く家を出て会社へ向かった。 俺の名前は沢田樹(さわだいつき)。ウェブ小説の編集者として日々、ニュースターとなる作家が出ないかと小説を読み続けている。昨今、ウェブ小説からデビューする作家も多く、デビュー前から、ある程度のファンがついており、特に手直しをせずとも売れるレベルに達している人達も多いので、編集者としての必要性が無くなってきている。その為、うちの部署は肩身が狭く、給料も上がらず休みも少ないという状況で、ほんの少し前まで辞職を考えていたのだ。だが、天才小説家の西山香一失踪のニュースを聞き、今の仕事を続ける意欲が湧いてきた。 では、そんな俺達に何が求められるのかと言うと、素人作家は複数の小説サイトで作品をあげている事が多い為、有望な人材が他社からデビューしてしまわないよう、先に発掘する必要があるのだ。 今日も、いつもと変わらない職場風景の筈だが、やる気が上がっているせいか景色が少し違う気がする。 「もうっ、どの作品もありふれた話ばっかりね! 今回は大賞無しで良いんじゃない?」 声を荒げた彼女は我が社の美人編集長の駒田(こまだ)さん。速読力が凄く、俺達の10倍ぐらいの速度で小説を読む。たしかアラフィフだったと思うが、俺達と同じ20代後半だと言っても、半数の人が信じてしまうぐらい若く見え、いつもスーツ姿で格好良い。たしか、結婚はしていなかった筈だ。 「まあまあ、大賞目当てで読んでくれる人も多いんですから……」 駒田編集長をなだめた彼は俺と同期の下村。時代の流れなのか、先輩達がどんどん退職していく中、俺と一緒に残り続ける変わり者だ。下村とは、西山香一作品好きという共通の趣味がある為か、話がよく合う。学生時代の友人達より親友と言っても過言ではない。 「賞金が安いとは言え、毎度毎度単調な作品にお金を払う程ウチの会社にお金は無いのよ!」 駒田編集長は少しイラついているようだ。俺は、職場の雰囲気を良くする為に何か言わないといけないという使命感に駆られた。 「駒田さん推しの作家さんは今回ダメでした?」 「ちょっと! 推しとか言うの止めてもらえる? 編集者が贔屓目で見るとか冗談でも思われたくないわ!」 「すみません……」 黒淵眼鏡の奥から覗く、駒田さんのマジ切れの目を見て、俺は間髪入れずに謝り、いつもの悪い癖が出てしまったと後悔した。 会話中に間が空くと、深く考えずに発言してしまい、良かれと思って言った言葉が逆効果になってしまうという事を昔からよくやってしまうのだ。だいたい、駒田さんが高評価をしていた作家の今回の作品は、俺も読んでイマイチだと分かっていたのに……。
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