期待作

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期待作

その後、俺達3人は不満そうな駒田編集長をなだめながら、大賞作品以下、何点か受賞作を決め、午前の会議を終えた。 10分間の休憩後、俺達は次回コンテストの応募作品を読み始める。 とにかく俺達の仕事は読む事、それに尽きる。速く読むのは当然として、善し悪しを正確に判断する事が求められる。作家さんが、受賞作より自分の作品の方が良い筈だと不満を垂れるのは無視しても良い。何故なら、ほぼ全ての作家さんが自分の作品が1番、もしくは上位だと勘違いしているからだ。もちろん、それぐらいの意気込みで書いてくれないと読む気にはなれないって話なのだが……。しかし、サイトの読者さんに、受賞作より他の作品の方が面白いと言われるのはダメだ。編集者のセンスが問われたり、本当に全ての作品を読んでいるのかと疑われる為、そのような事は極力無くすよう努めなければならない。 ふと時計を見ると時刻は11時50分。昼休憩までに、あと1作品読めるかなと思いながらパソコンのマウスをクリックし、休憩間近の為か、気を抜き気味で読み始めた。だが、『あかよろし』という作家の最初の1行を読んだ瞬間、カフェインか何かの興奮剤を注入されたかのように眠気は吹っ飛び、視界が良好になった。 これは凄い……。 まだ100文字程度しか読んでいないが、その場に自分がいるかと思わせる情景描写力。 更に読み進めていくと、主人公が何を考え、どう思っているのかが手に取るように分かる心理描写力。 俺は西山香一の再来かと思わせる程の天才を見付けたと感じ、一気に1万文字弱の短編小説を読みきった。 ふ~っという溜め息をつきながら時計を見ると12時を2分過ぎていた。どうやらチャイムを聞き逃すぐらい集中していたらしい。だが、作品の内容は期待外れも甚だしかった。よくある展開の上に、オチも面白くない。ガッカリはしたものの、描写力が並外れている事は間違い無いので、下村に話してみようと思った時、違和感に気付いた。いつもであれば、どちらからとも無く、コンビニへ弁当を買いに行こうという話になるのに、休憩時間を2分も過ぎているにもかかわらず声を掛けられていない。 下村のデスクの方を見ると、下村とバッチリ目が合った。下村はキョトンとした表情で俺を見ている。多分、俺も同じような顔をしているのだろう。 「どうした沢田? 行かないのか?」 「いや、行くけど……下村こそ何してたんだ?」 下村は良くぞ聞いてくれたと言わんばかりに、何か言いたげな表情を浮かべ、俺に近付いてきた。 「それがな、凄い作品を見付けたんだよ」 もしかすると、同じ作品を読んだのかと思った。西山香一好きという共通点の俺達にとって衝撃的な作品である事に間違い無いのだから。 「でもな……描写力がまるで無いんだよ……」 何だ違う作品か、と少しガッカリした。 その後、コンビニへ往復する道中、下村は読んだ作品の構成がいかに素晴らしかったかを自分が書いた作品かのように色々と自慢した後、描写力の無さを散々(けな)した。そして、弁当を食べている間、今度は俺の話す番だとばかりに、描写力が優れているが、内容が全く無い作品があったんだと説明した。
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