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猫が危篤になったのは2月22日、スーパー猫の日だった。
それ以前から食欲がなかったが、以前にも食欲低下で病院に連れて行ったところ、肝炎を疑われて入院したことがある。決定的だったのは大好物の液状のおやつを食べないことだった。
かかりつけ医が休診だったので、近くの病院につれていった。血液検査、エコーをした。40分ほどまったあと、言われたのは「生きているのが不思議な腎臓の値の悪さ」だった。
それでも、かかりつけ医は血液検査は外注で、恐らく連れて行っていたら死んでいただろう。近くの病院は初診の入院は本来、受け付けなかったが、うちの猫は受け入れてくれることになった。
それはある種、猫、彼の運の強さだと私は信じた。
ただ、翌日は休診でその間にも死んでしまうかもしれない、連絡もこちらからはとれなかった。
休診の日は祝日で携帯が鳴ると火急の用件だということがわかっていたので、とにかく恐ろしくて、ひたすら寝て過ごした。携帯は幸いなことに鳴らなかった。
休診の翌日、面会にいくと数値は下がっていて、猫は私に顔をこすりつけてきた。エリザベスカラーを巻いた頭を何度もぶつけてきた。
6日間、入院した。その間、いけるかぎり面会にいった。猫は頭をぶつけてきた。ぐるぐると鳴いた。
ただ、腎臓の状態は良くなく、数値も下げ止まりがきた。先生は「腎臓の悪さも気になるので、CTと針を刺しての生体検査をしたほうがいい」といった。
紹介されたのは車で高速を使っても一時間以上はかかる遠隔地の総合病院だった。
この時点でペット保険を使っても7万以上はかかっており、かなり財政的に厳しかった。総合病院での検査も高額になるだろう。ただ、私は心に引っかかるものを抱えたまま、また猫の病気がぶり返すかもしれないと思いつづけるのがいやだったし、余命があるなら知りたかった。
わたしのへこみ具合を見かねて知人の鍼灸師が今はいいからと料金を取らずに施術してくれたり、友人から気遣いのLINEをもらった。ありがたかった。
その間にも十五年飼っていた犬が死に、また、家族とのトラブルからつかみ合いのけんかになって、臀部に大きなあざができた。臀部から脚への痛みで歩くのもおっくうだった。
同時に私はエブリスタのコンテスト作品を書いていた。猫のことが気になるのに、テーマは猫。作品は人間が猫になる世界で、人間の男性と猫の女性が恋をするはなしだった。
しかし、読んでくれた人が「差別がないかとひやひやする」といいだし、私は時流を掴めていないのだろうか、LGBTQなども勉強ができていないのだろうか、もっといろんな人と関わり合って、インスタも見たほうがいいのだろうか。
と悩み葛藤した。
しかし、結局は猫のことが一番頭にあって、「これが限界」のできだった。疲れてしまった。
だが、猫といるとそういうことも忘れてしまう。
猫は私にとっての精神の命綱だった。
「ボブと言う名の猫」という映画で知られる猫がいた。イギリスの路上生活者の男性のもとにやってきた茶トラ(ジンジャーキャットとも言われるらしい)のボブのおかげで、路上生活者の男性は歌で生活費を稼ぎ、ボブが愛嬌をふりまくことで人気ものになり、次第に彼はどんぞこからはいいでる。しかし、ボブは映画の第二弾が制作されている間に交通事故でなくなった。
そのあとの飼い主を取り巻くひとびとの仕打ちはひどく、特に婚約者は飼い主のあることないことをネットで配信した。
ある日、猫飼いの男友達がいった。「猫は人間よりも魂が高貴に出来ている」。私もそう思う。ボブと飼い主の男性の一件で、それが証明されてしまった。
猫は尊く賢い。
病院から紹介してもらい、3月11日。総合病院へ連れて行った。前日夜九時から絶食、当日朝四時から絶水。水やおやつをねだる猫にいってきかせても通じはしない。
車のラジオは震災特集やウクライナ情勢について語っている。
総合病院へは遅刻するわけにはいかないので、予約の一時間前にはついた。ずっと猫は鳴き続けた。私もストレスでぎりぎりだった。
ただ、看護師も先生も、とても丁寧な対応をしてくださり、全身麻酔で検査をすることになった。
結果から言うと、期限のない余命宣告だった。
腎臓に石があり、これが悪さをしているおそれがあるとのことだった。また左右の腎臓の大きさの差異も気になるとのこと。腎臓の石は取り除くことが難しく、療養食で腎臓にいい食事をさせるしかない。値的にはぎりぎりステージ2の腎不全、との診断結果だった。
また、今の段階では病理検査の結果もわかってはいない。ただ、先生は腫瘍の可能性は少ないだろうと言った。
あらゆる意味で腰が抜けそうになった。
そして支払い額は八万二千円。半額負担してくれるペット保険は日帰り検査では一万二千円ほどしかフォローしてくれなかった。こちらでも腰を抜かしかけた。
猫は全身麻酔が効いており、まだ半分夢の中、と言ったところだったが、麻酔が切れたあと、大騒ぎをしてちゅーるをたべ、水を飲み、きらきらした瞳をして私を見た。彼は生きている。
人間もいきものも死なないものはいない。ロブスターは捕獲されないかぎり、殻を何度も脱皮して、ほぼ不老不死に近いそうだが、それでもいずれ死を迎えるだろう。
私はまだ痛む臀部に湿布を貼って、猫におやつをやる。彼はおいしそうにちゃっちゃっとそれを食む。
私が彼に何かを与えているのではない。彼が私に生きる尊さときらきらした生きている魂の美しさを与えてくるのだ。
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