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3月・新たな始まり
寒さが少しずつやわらぎ、春の足音が聞こえてきた三月の第二日曜日。
瑞貴はいつも通りに約束の時間の一本前の電車に乗り、航がやって来るのをホームで待っている。
先月から恋人同士という関係になったはずだけど、航は特に変わったことはなく、今回も前日に一通のメールを寄越しただけだ。
その内容はなんの色気もないただの業務連絡で、今後はこのあたりの改善も図りたいところである。
そんなことを考えていたら、航を乗せた電車がホームにやって来た。
いつもの乗車位置に、航の姿がある。
「おはよう」
「おは……え、乗らないの?」
瑞貴が乗り込むより前に、航が電車から降りてきた。
これは今までにない展開だ。
「今日は瑞貴に行き先を決めてもらおうと思って」
「私が?」
「うん。僕のプランは先月も話した通り、崩れちゃったからね」
「えー? でも、どこに行って何をするかは考えてあったんでしょ?」
「そうだけど、今日はこの一年の締めくくりだから、ちょうどいいかなって」
こうなると航は聞かない。それはこの一年でよくわかった。
と言っても、今まで航のプランに反発したことはなかったけれど。
「ちょうどいいって、なにが?」
「これまでしてきたことで、一番楽しかったことはなに? 野球と競馬は見られないけど、必要なら車も出すよ」
つまり同じ場所でもいいから、以前のプランをもう一度なぞろうということか。
これはなかなか難題だ。
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