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「救急車を呼べ! いや、呼んでくれ」
黒い帽子を目深に被った男の手にはナイフが握られている。
「毒を盛られた!」
男の胸にはワインのシミが広がっていた。
「これは演技じゃない!」
「そんな事はもう分かっている。工藤君とか言ったな。本名かどうか知らんが、君はこの屋敷に潜り込んだ偽物のピアノ調律師だ!」
「そ、そうじゃない」
「聞いてみろ! 何をどうやったらこんな変な音になるんだ!」
狂ったピアノの音が鳴り響く。
「やめてくれ」
探偵役の小林は、アドリブに本気で狼狽えている工藤を見てほくそ笑んだ。
「工藤君。君は桜さんのストーカーだね。ピアノの調律師ならば、部屋に盗聴器を仕掛けるのも楽だと思ったんだろ」
「この人が、私のストーカー?」
桜が前におずおずと出てくるのを、恋人役の持田が止める。
「警察に突き出してやる」
持田が息も絶え絶えの工藤に詰め寄る。
工藤は震える手でナイフを構えた。
「きさまら、許、さん、ぞ」
役者達は工藤に冷ややかな視線を投げかけた。客達は役者達の迫真の演技に舞台に釘付けだ。
「そんな薄汚い帽子とマスク、取ったらどうだ」
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