まねくねこ

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中学校向かいの文房具店前に勇也は自転車を止める。お目当てはその店先の自販機のジュース。あまり見たことがないパッケージが並ぶけれど、どれでも百円で、 「ニャア」 店の入り口近くにちょこんと座る黒猫が、勇也の顔を見ながら声をあげる。 「あ、シャドウ」 勇也は上着のポケットから学習用端末を取り出し、アプリを開きシャドウに向ける。 「やぁ少年。シャドウを撫でて、撫でて」 スマホから合成音声が流れる。 「シャドウは甘えんぼうだなぁ。うちのキャロットとは大違いだよ」 勇也は音声に従って、シャドウの首の下、耳の裏、そしておしりへと手を動かし、シャドウも目を細めながら、その音声に合わせて体を動かしていく。 動物語翻訳アプリ、ドリトーク。飼育動物に着用を義務付けられた固体識別の電子タグからの情報や、対象動物の声などから、動物と人間とが会話できるアプリ。現代の聞き耳頭巾と言ってもいい。 そのドリトークの登場で、 「いやね、木登り得意と思われているワイらでも、木の幹を掴み損なうことあるんやわ」とか、 「踊り? ああ、これは、いい子に惚れてもらうためさ。へい、彼女~」だとか、 「ああ、その言葉は君達にとって、ありがたい言葉とされていたんだね」だとか…… そんな会話がいくつも交わされ、動物絡みの諺にちなんだ会話収集は、小学校で出される宿題の定番と化している。 「ん~ 満足、満足。ところで少年、うちに来たということは、また、ジュースを買いに来たんだね。どうだい運を招いてやろうか?」 「やってやって!」 勇也はズボンのポケットから硬貨を取り出し自販機に入れる。シャドウが自販機前へ尻尾を立てながら移動し、ちょこんと座ると自販機に向かって左手で顔を洗い出した。 「まねまねまねきねこ」 「いけっ!」 自販機のルーレットが回り、やがて止まる。ピカピカとライトが点滅する。アタリだ。 「やった!」 勇也は自販機から出てきたジュースを自転車のかごに入れ、スマホのメモにこう記した。 中学校前の文房具店の黒猫シャドウ 左手で顔を洗いながら、「まねまねまねきねこ」と言うと、自販機のアタリが出やすい。 週明けの社会の時間、ドリトークを使って集めた情報を、班ごとに分かれて学校周辺の地図上へと貼り付けていく。 勇也は集まった情報を読み、談笑しながら貼り付けていると、隣の班の悟が勇也が書いた紙をのぞきこんできた。 「へー、文房具店のシャドウがねぇ…… 俺も試してみようかな。宝くじ売り場の白三毛で」 「宝くじ売り場の白三毛?」 「お前、知らないのか? 駅前のスーパーマーケットの宝くじ売り場に、ごくたまに現れる白三毛猫の話。その猫が現れると宝くじがアタリが出るとか」 「ただのうわさだろ、それ?」 「あ、あたし、その白三毛ちゃんがいるときに宝くじ買ってアタリが出たことがあるわ」 横から口をはさんだのは、クラス一大人しいひなだ。 「なんだって? それ、詳しく聞かしてくれよ!」 「悟、ちょっと落ちつきな。ひなが珍しく自分から話そうとしているのだからさ、座って聞こうよ」 「ありがと勇也。えっとね………」 ひなは、ぽつぽつと話し出す。 新学期が始まる頃、ひなは家族と共に駅前のスーパーへ買い物に来たそうだ。 ちょうど宝くじ売り場で、ひなの好きなキャラクターのスクラッチくじが発売されていて、しかも五枚買うとそのキャラクターのシールがもらえたそうだ。 で、ひなはおかあさんに、おこづかいを使っていいかたずねている間に、どこからか三毛猫がやってきて、売り場の台にちょこんと乗ったそうだ。 「でね、その三毛ちゃんが右手をあげて、顔をしきりに擦り出したの。売り場のおばちゃんがね、三毛ちゃんが顔洗っているから、もしかしたら。て言ってね、その買った五枚の中からアタリが出たの」 「すげぇ!」 「……アタリと言っても、五百円だったけれどね」 「なーんだ」 いや、まて、その三毛にシャドウと同じようにドリトークを使ってみたら…… 週のはじまりだと言うのに、勇也は早くも休みの日が待ち遠しくなった。 そして待ちに待った土曜日。 十時になると同時に勇也は自転車に乗って駅前のスーパーマーケットへと向かう。もちろん学習用端末とおこづかいを持ってだ。 駅近くの道を走っていると、 「あれ? あの後ろ姿は悟? おーい悟~」 自転車を止め、悟はふりかえった。 「勇也か。もしかしてお前も……」 『三毛猫にドリトーク』 勇也と悟の声がハマり、ほぼ同時に笑い合い、競い合うかのようにスーパーマーケットへと急ぐ。 が、 「三毛猫、来ないな」 「来ないね」 スーパーマーケットの入り口のベンチに座り、宝くじ売り場を見続けていたけれど、そろそろ家に帰ってごはんを食べよとお腹の虫が騒いでいる。 「……勇也、今日は帰ろっか」 「そうだね、悟。僕、明日の昼から、三毛来ないか見てみる」 そして月曜日、彼らはクラスメイトの何人かが、あのスーパーマーケットに三毛が来ないか見に行き、誰も見なかったことを知った。 その次の週も、その次の週も三毛猫は現れることはなく、週を追うごとに三毛猫が宝くじ売り場にいるか見に行く者が減っていき…… 空はすっかり夏空。勇也と悟はアイス片手に、今日も宝くじ売り場に三毛猫が現れないか見張っていた。 「もう、俺達以外、三毛猫がいないかを確かめるやつ、いなくなったようだ」 「そうだね」 あの宝くじ売り場の三毛猫の話をしたひなも、あのアタリが当たった時以外、三毛猫を見たことがないと言ってたし、そろそろ宝くじ売り場に三毛猫が現れるのを待ち伏せするの、そろそろやめようか。 そう、悟に切り出したそのとき、彼らは目にした。ふっくらとした体づきの赤い首輪をした白い猫を。 「なんだ、白猫か」 とことことこちらに向かってくる猫の左の耳周辺が黒く、背中からおしりにかけて黒と茶色の小さな模様…… 『三毛猫だ!』 三毛は三毛でも白が多い白三毛猫。 「俺達、ひなにどんな三毛猫だったか、詳しく聞くのを忘れていたな」 「そうだね。ともかく、あの猫にドリトークだ」 勇也は学習用端末を取り出し、アプリを開け、白三毛猫に呼びかけた。 「白三毛さん、白三毛さん」 白三毛は立ち止まり、彼らをにらみつける。 「ちょっとだけ、お話したいのだけど」 「なによ、あんたたち」 うわぁ、ご機嫌斜めだ。 「俺悟、こっち勇也。君の名は?」 「……ミーニャ。もういいかしら」 ミーニャは宝くじ売り場の台に飛び乗り、いらいらと尻尾をパタパタさせた。 この様子では、ミーニャと名乗った白三毛猫に「まねまねまねきねこ」を言わせるのは、ぜったい無理。 「この様子だと言ってくれないね」 「ああ」 アプリを閉じ、宝くじ売り場を離れようとしたとき、 「あら、いい男♡」 さっきまでとはまったく違う声色の合成音が流れ、ミーニャが右手で頭まで手をあげて毛繕いをはじめた。 「お兄さんおいで、おいで」 その合成音に誘われるかのように、一人の青年が宝くじ売り場に近づき、カードを一枚もらい数字に印を入れはじめた。 その青年にミーニャは体をすり寄せ、再び顔を洗う。 「まねまねまねきねこ~」 しめた、シャドウが言ったあの言葉だ。 『あの、僕達宝くじ買いたいのだけど』 勇也と悟はお財布と相談して、スクラッチくじ一枚ずつ買った。 「出るかな、出るかな」 並んで硬貨で銀を削るが…… 「ハズレだ」 「……僕も」 勇也と悟は落胆し、宝くじ売り場を後にした。 次の週、勇也は買い物帰りに、宝くじ売り場にロト6で高額当選が出たことを知った。 駅前スーパーマーケットの宝くじ売り場に、たまに現れる白三毛猫ミーニャ 右手で頭まで手をあげ顔を洗いながら、「まねまねまねきねこ」と言うと、アタリが出る可能性がある。 文房具店のシャドウ、宝くじ売り場のミーニャ。顔を洗いながら「まねまねまねきねこ」と言うとアタリが出る。 なのに、飼い猫キャロットは…… 「ゆーやー、起こさないでよ。気持ちよく寝ていたのに」だとか、 「ゆーやー、このごはん好きじゃないと言ったでしょ。変えて」だとか、 「サビサビ言わないで。わたしの毛色はニンジン色よ」とか…… 茶色多めのサビ猫キャロットは、わがままの塊で、とても「まねまねまねきねこ」だなんて言いそうにない。これまでに何度も言ってと頼んでもだ。 あーぁ、キャロットが「まねまねまねきねこ」と言ったらどうなるのだろう。 「あー、暑い、暑い。まだ暑いのにクーラーなしって、どういうこと?」 「仕方ないだろ、クーラー壊れたんだから」 そのクーラーが家に取り付けられるのは明日の昼から。扇風機を強でかけているけれど、屋内に居ていても暑くて仕方がない。 ギンギンギラギラ、あまりの暑さに蝉も鳴き声が少なく、遠くに大きな入道雲がかかるけれど、日差しが強すぎる。 「暑いのイヤっ! まねまねまねきねこ」 え、今、キャロットが「まねまねまねきねこ」と言った? どこに向かってそれを言ったの? 勇也は起き上がり、キャロットの姿を探す。 と、窓いっぱい見えていた入道雲がだんだん黒く見えてきて、 ゴロゴロと雷が鳴り出し、強い風が吹き出して…… 「勇也! 洗濯物取り込むの手伝って!」 ぽつぽつ降り出した雨の中から母の声。 勇也はサンダルに足を突っ込み、干してあった洗濯物を家に放り込み、出しっぱなしの自転車を駐輪場へと移動したところで、空から激しい雨が。 「猫が顔を洗うと雨と言うけれど、もしかしてそれ?」 勇也は雨に濡れながら、玄関に向かって走り出し、服を着替えるなりノートにこう書き記した。 飼い猫キャロット 顔を洗うと雨が降る。 シャドウとミーニャ、アタリを招いたのではなくて運を招いたのでは。
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