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一.
十二杯目のコーヒーにひどい胸焼けを覚えながらも、自分にはむしろそれでちょうどいいのだと一気に喉の奥へと流し込む。
「僕が死ねば、良かったんだよ」
古びた昭和建築の喫茶店、ヤニ色に汚れた低いテーブル、剥がれた布に手作りの座布団を重ねて隠した赤いソファ。
向かいの席では、幼少からの友人である涼真がスマホを忙しく弄んでいる。
「『どっちも死ななければ良かった』、だろ?その台詞、この二ヶ月で何回目だ?お前は昔から何かとすぐにそうやってうじうじ落ち込むやつだったが、今回のは過去最大だな」
顔も上げずに、涼真はこの二ヶ月で何度目かという台詞を唱えた。
「当たり前だろ……奈緒が……奈緒が……」
「確かにさぁ、新婚半年で嫁が死ぬなんてのはひでぇ話だけどな。でもそれはそれ、女なんて世の中にいくらでもいるじゃねぇか、っと」
メッセージ送信ボタンを押したらしき動きの涼真に、
「奈緒ほどの女なんか、いくらもいないよ……」
僕はテーブルに突っ伏してつぶやく。
「子供だってあっちの連れ子だろ?このままあっちの実家に任せちまえばいいじゃねぇか。まだ三歳だっけ?どうせ何もわかってねぇし、お前のことなんかもすぐ忘れるよ」
「連れ子だからって……結婚したんだから、僕の子だ」
「とか言う割にはこのニヶ月、地元に引き籠もって俺なんかと毎日のようにぐずぐず吐くまでコーヒー飲んで、子供を迎えに行く気配もねぇけどな」
言いながら立ち上がった涼真は、自分の会計を済ませると、
「んじゃ、今からパーティーあるけどお前も……って、行かねぇか。ったく、嫁ロスはともかく、せめて仕事ぐらいはしろよな」
苦優しいため息を残して店を出て行った。
「仕事……だって……奈緒と二人でって……約束……ぅう……」
一人嗚咽を漏らし始めた僕のテーブルに、背の高い老マスターがそっとお冷やを供えた。
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