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二.
実家の裏山の墓地、墓所番号三区七列十九号、高井戸家之墓。
毎日通ううちに自然と覚えた。
「奈緒……僕はこれからどうしたら……。頼む……教えてくれ……奈緒……奈緒……」
この台詞も、もう何度目だろうか。
自分でも愚かしいのはわかっている。
だけど考えようとしても頭が真っ白で、他に何の言葉も紡ぎ出せない。
「奈緒……何か言ってくれよ……奈緒……」
震える両手を墓石に掛け、枯れ果てた涙を湧き上がらせる。
「奈緒……教えてく……」
「しつこくうじうじしてんじゃないわよ、迷惑だわ」
と、突然、背後から声が響いた。
この声は……まさかこの声は……!
「奈緒!?」
振り返った僕の目に、あぁ、確かにそこには、あの日のまま、何も変わらない、生きている、奈緒の姿……!
「奈緒!奈緒!!」
どうして、信じられない、いや、奇跡だ、奈緒、良かった、生きてたんだね、奈緒、奈緒……!
ふらふらとおぼつかない足取りで、僕はその胸に飛び込もうと必死に歩み寄った。
が、
「面倒だから言葉での説明は省略するわ」
奈緒は、目の前に辿り着いた僕の胸ぐらを乱暴に掴み、顔を寄せると、おもむろに唇を重ねた。
あぁ、この唇の感触も、やっぱり奈……お……?
「お……ぐ……あぁああぁあっ!!」
雷に打たれたのかと思った。
いや、しかし違う、これは……これは……!
「奈……緒……!!」
奈緒だ、奈緒の記憶、奈緒の意識、奈緒の心の全てが、頭の中に一気に流れ込んで……!
一人の人間の全ての情報が流れ込むというのは、それが例えこの世で最も愛しい人であったとしても、愛し合いそれを望んでいたはずなのに、その重みや広がり、不可解な形象と論理の蠢きに、こんなにも精神がばらばらに引き裂かれ押し潰されそうになるものなのか。
それにもう一つのこれは……なんだ……?
底知れぬ闇……優しく柔らかく、しかし絶対的に冷たい、生命を感じない、形があるようで無いような……。
あそこには絶対に近付いてはダメ、と固く諭されていた場所に踏み入って、見てはいけないものを見てしまった時のような、理屈などとは無関係に体の奥底から湧き上がる畏怖感……これは、なんだ……。
そして、
『廉斗は……しっかり……生きて……!』
奈緒の声が頭の中に響き渡り、
「ぐ……あぁ!あぁあぁ!!奈緒!奈緒!!ぅあぁあぁぁっ!!」
僕は地面に崩れ落ちてむせび泣いた。
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