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四.
『奈緒の魂は、あなたへの不安や期待にまみれて浄化が妨げられてる。だから仕方無くあなたを直接片付けに来たの。生きてる人がどうにかしてくれないと、死者は何もできないわ、だって死んでいるんだもの』
頭の中に直接響く言葉の意味は、同時に流れ込んだ奈緒の心を見て、理解していた。
彼女は、こんな僕を、少し母性的な目線からではあったけど、本当に好きでいてくれて、ただ、頼りない所は直して欲しいなぁ、なんて思っていたのだ。
「うぅ……奈緒……。いや……ダメだ、奈緒はこんな僕を……望んではいなかった……。もっと、しっかりしないと……う……ぅ……」
奈緒のことを思い出しているうちに、またこみ上げてきた。
「少しはわかってきたみたいだけど、いい加減うじうじ泣くのとかはやめてくれる?奈緒の浄化に悪影響だわ」
先を行くたまどめが、足を止めて振り返った。
あぁ、こんな言葉遣いは奈緒じゃない。
こいつは、こんなに、ちょっと心配なぐらいに痩せぎすな輪郭、長い後ろ髪の毛先が少し跳ねてる所、ホクロの位置、人差し指で耳たぶをつつく癖、柔らかでハスキーな声、こんなに、何もかもそっくりなのに、
「奈緒じゃ、ないのか……」
僕は何か乞い求めるような視線でそれの全身を眺め回す。
奈緒がよく着ていた薄手のエスニック系、胸元の風通しも良さげな、全面に原色の花柄をあしらった赤いワンピースの裾が島風に翻り、細く長い足が見え隠れしている。
その視線に、たまどめは表情の無い視線を返しながら、
「私はあなたが望む姿で現れてるだけよ。でも、別に触りたければ触ってもいいのよ?もう一度、する?」
と自分の唇に小指を当てた。
「い、いや……」
甘い誘惑なはずなのに、思わずたじろぐ。
あの時の、雷のような衝撃や、大量の情報が一気に脳内に流れ込む精神崩壊ぎりぎりの苦痛は、もう味わいたくは無い。
「違う、ここに来た目的は……そんなことじゃ、ないんだ。約束を、奈緒との約束のため、だから……」
首を振って足を踏み出し、奈緒の偽物を追い越してログハウスの階段を上った。
「そうそう。そうやってちゃんと卒業してね。このスクールも、奈緒の死も」
たまどめが、ゆっくりとその後を追った。
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