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五.
「学科講習と基本的な海洋実習までは済んでいるから、まずはそれをさっとおさらいしよう」
翌朝、朝食を終えたテーブルで、日焼けした小リスのような奥さんが食器を片付けると、今度はナダさんが一式の教材と機材を並べた。
『Cカード』と呼ばれるスキューバー・ダイビングの基礎認定証は、通常三日間の講習で取れる。
が、あの時、僕の事故のせいで、三日目の途中で講習は中断されてしまったのだ。
「はい、よろしくお願いします」
学んだ分は、ちゃんと覚えている。
僕はそもそも泳ぎはあまり得意では無いため、何があっても大丈夫なようにと必死で全部記憶した。
元々は、ただの観光でこのログハウスに泊まっていた。
一人なんとなくこの美しい砂浜で、大きなヤドカリなんかを捕まえて遊んでいた所に、別の旅館に泊まっていた奈緒と偶然出会い、運命的に惹かれ合い、
「いつか一緒にライセンス取ろうよ。それで、一緒にダイビングスクールやろうよ。世界中の色んな海にも潜ってさ。あたし、一緒に珊瑚の産卵とか、見てみたいなぁ」
そんな、約束を交わした。
旅から戻り、運命的にも近くに住み近くで働いていた彼女と何度も会ううちに、実は彼女がバツイチで二歳の子供がいることを打ち明けられた。
「つまり『一緒に』っていうのは、その子供も一緒に、ってことだったんだね……」
「ごめんね。あの時、離婚したばっかりでちょっと一人になりたくて、晴海を実家に置いて旅になんか出ちゃって、でも廉斗と出会って、かわいいなぁって、やっぱり人を好きになるのって止められないなぁって……。でもそこで最初から子供の話とかしちゃったら、好きになってもらえないかもって、怖かったんだ」
そして、まだ赤ちゃんの延長のようなおぼつかない足取りで現れた晴海と、緊張の初対面、
「れんと……いっしょ、さんご……すき」
晴海はぎゅっと僕にしがみついた。
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