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昼過ぎぐらいだろうか。私は鼻をつつく香しいご飯の匂いで目が覚めた。 まだぼんやりと焦点の合わない目で辺りを見回すと、自分のすぐ横に大きな醤油皿があって、その上に固形物がのっているのがわかった。 『これって餌ってこと?』 「……あぁ、おはよう。」 鳴き声で気づいたのか、机で書き物をしていた総がこちらに視線を向ける。そして筆を置くと近くへやってきて、醤油皿を指でちょっと私の方向へ押した。 「どうぞ。味は薄くしてあるし、猫も食べられると思うよ。」 そうやって顔を近づけられても困る。猫に対する態度としては問題ないが、こちとら普通に人間の女子なので綺麗な顔との至近距離に心臓の鼓動が早くなってしまう。そもそも猫のように皿に顔を突っ込んで食べるのは遠慮したい。 躊躇している私に見かねたのか、総は私の体を持ち上げて膝の上に乗せた。 「食べさせてあげるから。」 そういって、どこからともなく猫の口に入るように先端が平たくなっている棒を取り出し、醤油皿の上のご飯をすくって私の顔の前まで持ってきた。準備のいい男である。 (まあ、食べて……みるか。) 私は匂いを嗅いでから、恐る恐る小さく一口。しばらく咀嚼する。あんまり味はない。水っぽいお粥といったところか。 「ご感想は?」 『確かに猫用だけど、私にとっては味薄い。』 にゃあにゃあという声に総はうなづくと、私のご飯を指ですくって味見をした。 「なるほど。味、薄いね。ていうかほぼ水。」 私の舌はちゃんと人間のままらしい。総は眉根を寄せると、私の顔を覗き込んだ。 「君はどう思う? 僕は君にもう少し味の濃いものをたべてもらいたいんだけど。」 私は大賛成だ。だけど猫の飼い主としてその対応はいけない気がする。いくら家族の一員とて、猫は猫。まあ私は人間だが。 『食べたい。お腹空いた。三日食べてない。』 「だよね? こっそりそうしちゃうか。ちょっと待っててね。」 楽しそうに笑った総は、醤油皿を持って障子の外へと消えてしまった。そしてしばらくたってから普通の一汁一菜を乗せた盆を持ってきた。 「どうぞ。」 私の前へ置く。目を丸くした私は身を乗り出す。なんといっても美味しそうなお味噌汁。自然によだれが垂れてきてしまいそうだ。 すると総はまたしても私を膝の上に乗せて手ずから食べさせ始めた。 「ちょっと熱いかな。」 そう言って、一回一回すくうごとにふーふーと冷ましてから、私の口元に運んでくれた。病人の気分だ。 『美味しい……。』 私は目を閉じた。さっきまで寝ていたというのに、お腹が膨れてきたらまた眠くなるなんて。食事中に眠る行為は無作法にもほどがあるが、意図に反して睡魔に引き込まれた哀れな猫なので今回ばかりは許してほしい。
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