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 おれがよそ見してる間に、他の誰かをおれと間違えて着いて行ったんじゃ……。待ち合わせのときの嫌な記憶が蘇ってきて、全身から血が引いていく。  焦ってきょろきょろと辺りを見回すと、榊はおれが立っている場所から一メートルも離れていないショーウィンドウの前で足を止めていた。  いた……!   ほっとして榊のほうに引き返そうとすると、ショーウィンドウに飾られた服を見上げていた榊がハッと振り向いて青褪める。  榊は、おれが歩み寄っていることにも気付かずに、泣きそうな顔で周囲を見回していた。そんな榊に向かってアピールするように手を振ってみたけど、おれを見失って余裕をなくしているのか、全然気付いてくれない。  目の前を行きすぎていく男の人を不安そうな目でひとりひとり確認するように見送っていて。わかっているようでわかっていなかった、「人の顔の区別がつかない」という榊の言葉の意味を思い知らされたような気がした。 「榊」  横から声をかけると、ビクッと肩を震わせた榊が怯えた目で振り返る。 「ごめん、よそ見してた。おれ、時瀬」 「時瀬くん」  榊がぼんやりとおれの顔を見ながら確かめるように名前を呼んで、赤いスニーカーに視線を落とす。それから、肩でほっと息を吐いた。
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