居候猫のおかげ

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 僕の家には居候の猫がいる。  白と黒の模様をした、ふてぶてしい顔のデブ猫だ。  確かに餌は与えているけれど、別に飼っているわけではない。  この猫は好きな時に家にいて、好きな時に出て行く。  他の家にも厄介になっているんだと思う。  ブラッシングなんてしてやったことないけれど、毛並みはいつも整っている。  与える餌の量には気を付けているつもりなのに、何故かどんどん太っていくし、警戒心も全くない。  人懐っこく膝に乗って来て、ごろごろ喉を鳴らされれば、滅多なことじゃ笑わない僕も顔がにやけてしまう。  他の家に行ってはこうやって餌をねだっているに違いない。  温かい小さな頭を撫でれば、気持ちよさそうに、まるで笑っているかのような表情を見せてくる。 「世渡り上手なこったな」  対する自分は、かなり人付き合いが苦手な方だ。  友達がいないわけではないが、かなり限定されている。  大勢から嫌われているわけではない。  むしろその逆とも言える。  女性と話すのは得意ではないのに、何故だかやたらと声を掛けられ、騒がれる。  大学生はお気楽なもので、授業そっちのけでみんな恋人探しばっかりだ。  うんざりする。  折角決死の思いで上京してきた僕にとっては、連日の飲みの誘いは迷惑でしかない。  それも、男友達との時間なら少しぐらい気晴らしになるが、女子と一緒となると途端に疲れが溜まる。  手あたり次第女子に声を掛けてあわよくば付き合って、なんて……そんな男の考えも理解できないし、不愛想な僕に凝りもせず話しかけてきて何度も玉砕する女の考えも理解できない。  だけど、そんな愚痴を零したところで、男からも女からも文句を言われることは分かっている。  だから、僕はいつも沈黙を貫いている。  まあ、それがまたミステリアスだなんだと言われて気を惹いてしまうようだが、それ以外に疲れない防衛方法を知らないのだ。  僕は絶対にこの猫のように、色んな日tに愛想を振りまくことは絶対にできない。  でも、だからって色んな人に恨み言を言われる筋合いだってないはずだ。 「はあ……」  色恋沙汰に巻き込まれたいくつもの記憶を思い起こしてしまい、げんなりとした気持ちになる。 (本能のままに生きている猫を見てこんな気持ちになるなんて、僕は意外と感性が豊かなのかもしれないな)  なんて、自分の中で冗談を言ってみる。  不意に、ごろごろとリズミカルになっていた喉の音が聞こえなくなった。  膝の上に目を向ければ、猫はじっと身動きせずにどこか一点を見つめている。 (ああ、これがかの有名な……)  猫につられて自分も視線の先を見つめる。  格安1Kの和室の部屋。  大きな押し入れがあるおかげで収納は申し分ない。  が、猫がそういう性質だと分かっていても、そんなに押し入れを見つめられると良くないことを想像してしまう。  そうでなくても押し入れ上のスペースは少し怖い。  高すぎて奥まで確認できない上に、光が届かなくて不気味だ。  時間帯も、今は夜と言うこともあり、霊的なものを信じていなくとも、恐怖する心は止められない。 「お? 出掛けるのか?」  膝の上からどてりと降り、猫は窓の方へ歩いて行く。  閉まっている窓の前でこちらを振り返り、可愛らしく鳴き声を一つ上げる。 (この時間なら、帰りは明日の昼頃かな)  23時を示すデジタル時計をちらりと見て、僕は安堵の息を漏らす。  ぐっすりと眠っている真夜中、あるいは早朝に、何度と窓をかしかし鳴らされて起こされたことか。  僕はレバー式の鍵を開け、窓を身幅分開けてやる。  有り難たそうな仕草など微塵も見せずに、猫はのそのそと屋根を伝って出かけて行った。  二階に位置する僕の部屋からの眺めはそこまで良くないが、街灯に照らされる猫の背中が加わるだけで、ぐんと情緒のある景色になるような気がする。  部屋の中に静寂が訪れ、安らぎと淋しさが交差する。   「……寝るか」  そう呟いて、安物のベッドにその身を沈めた。  猫は、それから数日間帰って来なかった。
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