居候猫のおかげ

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 居候猫が帰って来なくなって一週間が経った。  だからと言って、僕の学生生活に支障が出るわけではない。  ストックしていた猫缶や、まだ残っているキャットフードを見るたびに、少しだけ淋しくなる程度だ。  だが、虚しいだけなので、ようやくそれらを捨てようと決心した頃のこと。  猫は戻ってきた。  真夜中だった。 「開けなきゃいけないこっちの身にもなれっての」  本当は戻ってきてくれたことが嬉しくて、眠りを妨げられたことなど気にしてなかったが、猫相手に一喜一憂しているのが何だか恥ずかしくて、そんな控えめな悪態を吐いてしまった。  だが、猫は気にすることなく膝に頭を擦り付けてくる。 「あ、お前、足めっちゃ汚れてんじゃん」  いつもそんなに気にならない程だったが、今日はやけに足が汚れている。 「あ! 動き回るなって! おい。……全然見向きもしないな」  呼ばれ慣れている名前はあるんだろうかと、その時初めて考えた。 「ミーコ」  ダメ元で呼んでみる。  よく知らないが、きっとメスだろう。 「駄目か。ミケ。いや。三毛猫じゃないからな。シロ。クロ。うーん……」  猫の歩みは止まらない。  仕方なしに腹から抱き上げ、猫の顔を覗き込む。 「よし。鈴木にしよう。新しく名前をプレゼントだ」  ただの居候の猫に、可愛らしい捻りのある名前を付けるのは小恥ずかしいので、パッと思いついた苗字を名付けた。  不服なのか、唸るような声を漏らす猫。  だが、僕の中でもはもうこの猫の名は鈴木に決定していた。  文句を言われても変える気はない。  僕は鈴木の足を洗いに、風呂場へと向かった。  命名した次の日。  大学から帰ってくると、鈴木はいなかった。  知らぬ間に出かけてしまったらしい。  キャットフードを捨てようなんて考えは、今度は沸き上がらなかった。  時々僕がいない間に帰ってきていることを知っていたからだ。 「ん? 髪の毛?」 (なんてな。鈴木の体毛だな)  抜け落ちた鈴木の白や黒の体毛を、畳から拾い上げる度に、無事であることを知って安堵する。  その時、思わず笑みが零れてしまうくらいには、すでに情が移ってしまっていた。
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