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あの広場で女の子を見かけてから、鈴木を愛でる機会が減った。
きっと、あの子の家に厄介になっているに違いない。
反対に、あの広場の近くを通る頻度は増えた。
気になって、素知らぬ顔で通りがかると、決まってあの女の子と鈴木がベンチで戯れていた。
結局、ただ一目見て家に帰るという行動を、何度も繰り返していた。
だが、その日は遠目から鈴木を見つめていると、鈴木の方が僕の存在に気が付いた。
のそのそとおデブなお腹を揺らしながら、僕の方に近寄ってきてくれた。
すねに頭を擦り付けてくるので、しゃがんで背中を撫でてやる。
すると、久しぶりで舞い上がったのか、鈴木は僕の肩に飛び乗ってきた。
ズシリと平均を上回った体重がのしかかり、思わずよろけて手を突いた。
鈴木の体は土臭かった。
今日はスイーツ店には行っていないようだ。
「よく、ここ通ってますよね」
不意に、そう話しかけられた。
いつの間にか僕の近くに、あの女の子がやってきていた。
しかも、どうやら遠くから様子をうかがっていたことはバレていたらしい。
「え、ええ。まあ……」
曖昧な返事を返す。
「凄く懐いてますね、その子」
女の子が鈴木を指差しそう言う。
「そんなでもないですよ。貴方と同じくらいじゃないですか?」
そう言ってその子を見ると、とても柔らかく微笑んでおり、真っ直ぐに僕を見つめていた。
その瞳は、どこか淀んだ色に見えたが、いつも向けられている鬱陶しいほどの輝きが見受けられなかったので、僕は何だか気を許してしまっていた。
立ち上がろうとして、少し膝に力を入れると、鈴木は重たそうな体を揺らして逃げ去ってしまった。
「あ、すず……」
「……すず?」
猫を鈴木と呼んでいることは、隠すべきだと思った。
ただでさえ彼女にとって僕は、広場に立ち寄りただ見つめてくるだけの変人という立ち位置だ。
猫に妙な名前を付けていることが知れたら、さらに変な目で見られてしまう。
好意を持たれるのは面倒だが、だからと言って変質者扱いを受けるのも我慢ならない。
「いや、何でもないです」
僕は立ち上がり、素っ気なくそう言ってジーンズの砂を払う。
「それじゃ」
鈴木もいなくなったことで、もうこの広場に用はなくなった。
僕は女の子に軽く手を会釈をし、そのまま背を向けた。
「はい。さようなら」
そう言われ、思わず振り返ってしまった。
こんな風にあっさりと別れの挨拶を言われたのは、初めてだったからだ。
新鮮な感覚に浸り、女の子を見つめてしまっている僕に、彼女は躊躇いもせず背を向けた。
声を掛ける理由などなく、僕はそのままその広場を後にしたが、帰っても去って行く後ろ姿が何だか忘れられなかった。
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