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すると、――――人生でほんの時たま、スローモーションみたいに時間が流れることがあるけど、この時もそうで、スマホを見せて彼女が口を開くまでがものすごく長く感じられた。
え。
絶対そうだと思ったけど、違ってたらどうしよ。
かいた汗が急速に冷えていくのを感じていると、ゆっくりと彼女はスマホを手に取り、手帳型のカバーを開いて
「……ありがとう。私のです」
そう言って、初めて俺を見上げた。
その瞬間、俺はまるでテレビやネットの中で見てきた人が、俺に向かって口をきいてくれたような感動を覚えて、めちゃくちゃ舞い上がった。
「良かったじゃん。あんた明日から出張なんだから」
「本当だね。だから、その前日なんかに飲み行くなってね」
同僚らしい女性に言われて、どこか疲れた笑みを浮かべたその人は、存在を思い出したように俺を振り返った。
「ありがとう。ごめんね。ずいぶん離れてるのに走って来てくれて……ていうか、よく分かったね。私たちだって」
「いえ……」
これで終わったら、今までと何も変わらない、何かしなきゃ、何か……
「あの!」
場違いに大きな声が出ると、彼女も同僚もびっくりした顔をした。
「……今度、飯食ってくれませんか。……その、俺と、ふたりで」
彼女は、意味が分からないように戸惑った顔をして、先に反応したのは同僚の女性の方だった。
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