卒業

4/16
前へ
/16ページ
次へ
 すると、――――人生でほんの時たま、スローモーションみたいに時間が流れることがあるけど、この時もそうで、スマホを見せて彼女が口を開くまでがものすごく長く感じられた。  え。  絶対そうだと思ったけど、違ってたらどうしよ。  かいた汗が急速に冷えていくのを感じていると、ゆっくりと彼女はスマホを手に取り、手帳型のカバーを開いて 「……ありがとう。私のです」 そう言って、初めて俺を見上げた。  その瞬間、俺はまるでテレビやネットの中で見てきた人が、俺に向かって口をきいてくれたような感動を覚えて、めちゃくちゃ舞い上がった。 「良かったじゃん。あんた明日から出張なんだから」 「本当だね。だから、その前日なんかに飲み行くなってね」  同僚らしい女性に言われて、どこか疲れた笑みを浮かべたその人は、存在を思い出したように俺を振り返った。 「ありがとう。ごめんね。ずいぶん離れてるのに走って来てくれて……ていうか、よく分かったね。私たちだって」 「いえ……」  これで終わったら、今までと何も変わらない、何かしなきゃ、何か…… 「あの!」 場違いに大きな声が出ると、彼女も同僚もびっくりした顔をした。 「……今度、飯食ってくれませんか。……その、俺と、ふたりで」  彼女は、意味が分からないように戸惑った顔をして、先に反応したのは同僚の女性の方だった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加