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前奏
この星のちょうど北に位置する大国、アルカディナ。城下町は他国から水の都と揶揄されるほど町並みは美しく、王族は一般的に善良な者が多いことで有名であり、そんな優しい王族達を国民は慕い、尊敬していた。そして今日、第一王位継承権であるイディア=バルデナスとその婚約者が結婚する証として記念パレードを行うというので話題は持ちきりだった。
まだかまだかと待ちかまえる国民で王城から続くメインストリートは人でごった返しており、皆その顔はほころんでいる、誰も彼もがイディアの結婚を喜んでいた。
一方、その頃パレードの主役であるイディアはパレード用の派手な馬車に乗って、婚約者兼妻であるルーフィリアが来るのを待っていた。窓から差し込む光がイディアの黒い髪を照らして、その眩しさに目をつむる。
「…遅いな、ルーフィリア。なんか合ったのか…?」
頬杖をつきルーフィリアが来るであろう方向をその蒼い眼で眺める。が、目に写るのは可愛い婚約者ではなく無駄に綺麗な城の庭園と噴水、全くといっていいほどルーフィリアがくる気配はない。確かに女性は準備が大変だと現王妃からもよく言われていたがここまでかかるものだろうか、やっぱり一度城に戻って確認した方がいいんじゃ…
「ぅーん……でもなぁ、まだ本当に準備してるだけだったら急かしてるみたいで悪いよなぁ…」
そんなこんなで頭を抱えて悩んでいるうちに時間はすぎ、結局あれから30分経った頃にルーフィリアはやって来た。金髪の長髪を高く結び、白いウエディングドレスを着たルーフィリア、彼女の白い肌も相まってかよりいっそう儚い雰囲気を増幅させている。高齢の執事にエスコートされルーフィリアが馬車に乗りこむと時間が余りないので、とさっさと馬車は走り出した。
「っと。おはよう、ルーフィリア。凄く似合ってるよ!」
「……ありがとう。」
ルーフィリアは元々口数が少ないので余り長い会話があることはない。けれどもイディアはルーフィリアがそれで満足ならそれで良かったし、一緒にいられれば穏やかで楽しかった。しばらくの間馬車に揺られ住宅や店が多い場所にでる。すると遠くから沢山の歓声が聞こえてきて、閉められたカーテンを少し開き先を見通せば沢山の人達がこちらに手を振っているのが見えた。みなそれぞれ思い思いの物を手に持ち抱えていて、花びらを投げている人もいれば、まだ小さい子供に風景を見せようと両手で子供を掲げている人もいた。それが凄く嬉しくてルーフィリアに教えようとバッと振り向いて彼女の顔みた。けれど彼女は何処か上の空で顔色が悪く、下みてうつむいている。手も少し震えていていたので俺は開けたカーテンを急いで閉めルーフィリアに近付いて手を重ねた。
「だ、大丈夫か?どこか体調が悪いとか…」
「…!」
ハッと驚いたように俺を見上げたルーフィリアはやはり顔色が悪く今にも倒れそうだった。白い肌は青白く染まり、目の縁には涙が溜まり始めている。俺の質問に対して小さく首を振って否定はしているがとても気分が優れているようには見えない、もう国民達が待つ場所までは直ぐだ、馬車を止めることもパレードを中止にすることも出来ない。一体どうすれば…
「だ、大丈夫…だから、心配しないで…。少し、緊張してるだけだから。」
震えた声で俺の手を突っぱねるルーフィリア、こんなにも倒れそうで泣きそうなのがただの緊張…?そんなわけがない。
……やはり馬車で待っていたときにルーフィリアに何かあったんだ。でなければこんなに怯えた様子になるはずがない。ルーフィリアは確かに口数は少ないし、気が大きいのかと言われればそうではないが、俺自身、緊張している所なんて見たことがないし、何より国を大切にしている人だ、体調が悪いなら朝のうちにパレードを延期して国民を不安にするような事はしないだろう。彼女に嘘をつかれたのはショックだったが今はそれを悲観している場合ではない。
「…朝、準備している時になにかあったんだな?…頼む教えてくれ。」
「…!本当に何もないよ、緊張してるだけだから、ほらもうすぐパレードが始まってしまう!窓、開けて準備しないと。」
「……そうだな。」
頑なに教えないといった顔をして話をそらされる。馬車はその間にも進んでいて、いよいよ解決することなく始まったパレードに早く終われと願った。
俺とルーフィリアは開けた窓から顔をのぞかせて国民達に顔を見せる。なにかするといっても笑顔を作って此方に手を降っている皆に手を振りかえすだけだ、ルーフィリアも同様にして手をふりかえしているがどこか様子が落ち着かないように見える。
「なぁやっぱり____」
緊張じゃないだろ。そう聞こうとした瞬間だった、パリンッと何かが割れた音が空に響いて、普通じゃしないようなその音は何処か焦りを感じさせるものだった。
「なにか……様子がおかしい。」
顔をしかめてルーフィリアに馬車から出ないように言いそっと馬車から降りる、先程まで騒がしくしていた他の人々も音が聞こえたのか正体を探ろうと空を見上げいた。俺もつられるように空をみる、するとそこにあったのは長年破られる事のなかったアルカディナ王国を囲う結界の亀裂、魔法で姿を隠していたであろう、次々に姿を表す帝国の魔導式空中船の姿だった。最近侵略行為が激しいとは聞いてきたが、何故同盟国であるアルカディナに…
「まさか…裏切ったか…!!」
突如現れた帝国船。壊れた結界を見る限り、俺達を祝いに来た訳でないことは明らかだ。呆然としている間にも結界を壊そうと躍起に攻撃を続ける帝国船、頭の処理が追い付き、事態を把握した人々は一変、メインストリートから踵を返して逃げ出し始めた。空に響く悲鳴と帝国による砲撃の音、いつの間にか馬車を引いていた馬車引きの者もいなくなっており、俺はとりあえずその場から離れようとルーフィリアが一人残る馬車のドアをあけ半身を突っ込んだ。
「ルーフィリア、帝国からの攻撃だ!今はまだ結界で防げているが何せ古い旧式の結界…いずれあれも壊れる!急いでここから逃げないと、砲撃の巻き添えになるぞ!」
パリン…パリンッと、結界の破片が落ちてゆく、タイムリミットはもうすぐそこだ。だと言うのにルーフィリアは動く気配がない、体調が悪いせいかと一瞬思ったが明らかにそんなんじゃない、ルーフィリアには馬車の中から動く意思がないのだ。
「っ!クソっ…!」
俺は無理やりルーフィリアの手を掴み馬車から引っ張り出して、その場を後にした。彼女の手をギュッと掴みメインストリートを走る、目指すはここをまっすぐ行った一番安全な場所、王城だ。
夢は終わった。幸せは一瞬なのだと思い知らされるような地獄絵図、徐々にあいた小さな結界の穴から帝国船が入り込んでくるのが見えて、よりいっそう恐怖が増した。
時折後ろを振り返りルーフィリアの様子を見いるが口を開きはしないもののしっかりついてくる辺り無理やり連れていたのは正解だったらしい。馬車から逃げてしばらく走り続けた後、やっとの思いで人の流れから脱出し、城の庭園辺りまで来ることができた。
するとルーフィリアの手を握る強さが急に弱まってするりと俺の手から落ちる、そして彼女は下を向いたままそこから動かなくなってしまった。こんな辛そうなルーフィリアを見たのは生まれてはじめてだった。黙り続けるルーフィリアにかける言葉を探すが、俺も少し焦っているのか思うように言葉が出ない。
「……。」
「…城で、なにがあったかは分かんないけど、大丈夫…きっと、どうにかしてみせるから、だから━」
今は逃げよう。その先の言葉は続かなかった、大きな音…結界が完全に壊れる音がして、その反動で起こった爆風が国全体を襲う。建物は積み木のように崩れ、人が簡単にとばされていく、俺とルーフィリアは結界の穴から遠かったこともあり飛ばされることはなかったが、結界が消滅したことにより帝国の本格的な侵略が始まった。重い鉛の砲撃が雨となって降り始め、アルカディナの美しい町並みはもう影すら残っていない。結界が壊された今、もうこの国に安全な場所などないだろう。避難をするのなら俺がいまいくべき場所は国を出た西…先日同盟を新たに結んだばかりの場所、砂漠の国ナバスアルガだ。いくら帝国といえど、この国を襲った直後、連続して他国を侵略するような事はないだろう、というよりその可能性にかけるしかない。
だが、国を捨ててこのまま逃げてもいいのだろうか、父は、母は一体どうなる。まだ城に残っているのか、民はちゃんと逃げれているのか……留まりようのない不安と現実が頭を掻き回す。あぁでも…ルーフィリアを先になんとか逃がさなければ。俺は人形のように動かなくなったルーフィリアにできるだけ気持ちが伝わるように身ぶり手振りで話かけた。
「…ルーフィリア、君がなんでそんなに逃げないのかは分からない……俺が何かしたのなら謝るから…だから!今は今だけは、逃げてくれ…頼む…!」
懇願するように彼女に訴えればルーフィリアはゆっくりと顔を上げ俺を見つめる。
…泣いて、いたのだろうか目は少し腫れていてまだ頬に雫が残っている。顔を上げた彼女は少し寂しそうに眉を下げて笑った、その笑顔の奥に何か大きな覚悟を感じさせて。
「ごめん。ごめんね…こんな最後になってしまって…。でもちゃんと役目を果たして見せるから、きっと助けて見せるから…!」
砲撃が近くに落ちて花が舞った。戦場を彩るように散ってゆく。俺は彼女のいっている意味がわからなかった。役目?最後?なんだよそれ、ルーフィリアに何か役目があるなんて誰からも聞いたことがなかった。それに、もう俺は会えない…そんなよう言い方をするルーフィリアの腕に反射的に手を伸ばすが、なにか透明な壁に阻まれて、近付くことさえ出来ない。
「これは…」
結界だ…ルーフィリアの一番得意とする魔法…、見間違える訳がない、俺が彼女の結界魔法を。でも何で、俺を拒むように結界を張るんだ。何でなんだよルーフィリア…!
結界は大きくドーム状に構築されていて帝国船もろとも国を覆うように張られている、まるで逃がすまいとでもいうように。
「なに…やってるだよ!!こんな大きな結界張ったら、お前が逃げれないだろうが!!」
結界の外壁を叩き、ルーフィリアにこれを解くようにと大声を上げる、俺が全力で身体強化の魔法をかけてもびくともしないこの大結界は彼女の魔法の強さとその本気度を物語っていた。
ルーフィリアはゆっくりと俺に近づいて結界にそっと手のひらと額を合わせる。コツンッと結界とぶつかる音がして、俺はパッと叩くのを止めて祈るように手のひらを会わせ返した。
「…いままでありがとう、イディア。私ね…本当に幸せだったよ。貴方にはもう充分過ぎるほどに沢山の幸せも貰って、守ってもらった…だから!今度は私が守る番、運命なんかに未来を奪わせやしない。」
「幸せなんていくらでもやる…!守ってくれなくたって良いから!だから!!早く結界を解けよ!」
「…君は生き延びるの、そしていつか、もしまた会えたなら…!その時は今度こそよろしくね。こんな一方的でごめんね、」
そう言い残してとうとう透明だった結界に曇りがついて中さえも見えなくなった。
「…なっ?!おい!!」
もう一度結界を叩こうと身体強化をかけるが、フワッと体が持ち抱えられて浮く感覚がした。慌てて自身を樽担ぎしている奴を見れば見知った顔の、馬に乗って駆ける騎士団長ウォルフレッドだった。だがこのままずっと担がれて居るわけにもいかない、俺は手足をばたつかせて声を荒らげる。
「おい…!放せよウォルフレッド!まだルーフィリアが残ってんるだ!置いていけない、戻れ!」
俺の問いかけに反応せず馬を走らせるウォルフレッド、ちらりと見えた顔はその優しい性格からは考えられないほど怒りに満ちていて、思わず暴れるのをやめた。ウォルフレッドは一体何故こんなことをするのだろうとか、俺が王族だから助けるのか、とか国王の護衛はどうしたのだとか、聞きたい事がたくさんで色々考えたけど、結局わからず仕舞いで……俺の知らないところで一体何が起きているのか、怖くて仕方がなかった。
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