目眩 –Fragment-

1/1
前へ
/7ページ
次へ

目眩 –Fragment-

 高等部時代は何に急き立てられたか、私小暮麻美は時折ヒステリーで関係者に迷惑を掛けた。今にして思えば、穢れた性交の火種が身体に残っていて疼いたものだとは思う。自分が本当にみっともない。。  そして高等部卒業後進路は就職に決めていた。大学進学は、文系または音楽系も私立なら行けるの採点は下されていた。  同じく盲のピアニストの阿波野恵麻からも盛んなお誘いを受けたが、恵麻はオールラウンドの別格で迂闊に足元の届こうなんて考え様もしようなら、私が卒倒しかねない。  何よりは小暮共済内装は伸び悩んだままで、これ以上の我儘は到底言えなかった。  就職内定は、不景気が真っ只中でも、支援業務も受け持つ同じ横浜市の中小企業の八丈玩具に決まった。幅広い玩具を扱う仕事で、将来は企画立案に関わって欲しいが、まずは下積みを積んで貰いたいだった。ありがちな口説き文句も、必要とされるのはただ嬉しかった。  いざ就職も実務は何の事は無い、100円ショップに仕入れる玩具の詰め込み作業だった。これなら盲でも出来るの判断だろうが、健常者でも退屈な作業に、どうしても生き甲斐は見出せなかった。  その心の隙間を埋めるべく、卒業後も親交の冷めない私小暮麻美・阿波野恵麻・高杉花蓮・澁谷潤は、ガブリエル横浜支援学院系列のボランティア団体ユアソングの慰問公演にピアニストとしてエントリーした。  その素質はただ剥き出しで、舞台は慰問、公民館、小学校訪問、果ては、クラシックの頂点である青葉区のフィリアホールのヨコハマボランティアフェスティバルに参加した。客席は500も観客はただ耳が肥えて、SNSの評判に一喜一憂するらしい。  選出されたのは、無名のソリストからカルテット迄と、有り勝ちなタッチミスも意図しないピッチの上下乱高下も無いから、きっかけがあればデビューしそうなのは、これ迄に3組はいた。  私は後半半ばで、トリはやはりピアノソロの恵麻だった。私に座を温めておいても、リハーサルにとことん付き合って良くも言うものだ。どうなっても知らないよと。盲でも気心の知れたハイタッチがしっかりパチンとなる。  暫しの幕間で、観客席からは寸評会の小声が散っていた。そして私は、介助者の花蓮に導かれて中央ステージのグランドピアノの椅子に腰掛けた。この間に不思議な溜め息が漏れていた。その時は花蓮のパッチングロングドレスの出来なのだろうと思ったが、花蓮の掌文字で、違う、麻美の美貌とあっさり否定された。まあ良いかで、私はこれから繰り広げられる別世界への誘いに、悪戯げに胸が踊った。  客席はほのぼのしたいだろうけど、私のピアノは亜流のエキサイティングするピアノに仕立てられたので、それしかない長所を生かす。  セットリストはフレデリック・ショパン作曲の前奏曲全26曲から、ノンストップメドレーで不意打ちを食らわす。第3番 ト長調/第10番 嬰ハ短調/第12番 嬰ト短調/第14番 変ホ短調/第16番 変ロ短調/第18番 ヘ短調/第22番 ト短調/第24番 ニ短調。どれも打鍵が激しいの演目で、プロのピアニストでも1週間は耳にこびりつくセットリストだ。  SNSの寸評で、私は悪魔と呼ばれるかも知れないが、それは違う。一様に盲だから手を差し伸べなくてはのヒューマニティを捨てさせたい。同じ人間、手を繋ぐのは親愛の現れだと、私なりに突き詰めたかった。  最初の1フレーズでホールは、観客が満席かで、リハーサルよりは音が吸収されている。むしろ好都合だ。私の持ち味は、最初のアタック音、ハンマーのきつい音迄聞かせるスペクタクルだ。  初っ端の第3番 ト長調の打鍵の華やかさに観客が前のめりになる感覚は掴んだ。そこからは短い曲も山なりのパッセージが展開する。後半突入の第16番 変ロ短調は私なりに解釈して打鍵を表拍に持ってきては統一させたミニマム曲になった。観客が堪らず呼吸出来ずに過呼吸になる連なりがホールを埋めた。そして圧倒しまくった最後の第24番 ニ短調は、低音部をこれでもかと押し込み、良く鳴るグランドピアノで真夜中の森をハンターが駆け抜けた。一点集中、そして見事に獲物を仕留めた。万雷の拍手の声が来たのは演奏終了後7秒後だった。感触にタイムラグがあったのは、潤が爆笑しながら皆顎を外しながら聞いてた故にらしい。まあやってしまったかは、恵麻が大トリでしっとり聞かせたから、ヨコハマボランティアフェスティバルは例年に無いも盛り上がりで無事閉じた。  そして終演後のロビーで挨拶兼寄付係を勤めていたところ、ここで出会いがあった。私が苦い顔をしても、感動しか無い言葉を止めどなく流してくれる若い女性がいた。後日熱烈な追っかけになる上條玲香だった。  レイさん事上條玲香さんは、ボランティア団体ユアソングに小まめに電話しては、私の慰問公演のスケジュールを聞き出し駆けつけてくれた。そして終演後には、いつもご満悦にクラシック曲以外でも適時な評論してくれから、そういう解釈もあるのかと、その高尚さにどうしても頭が下がる。  私のピアノはそこ迄出来上がったものでは無いので、そこ迄褒めれてもも、生業接客業に適したAメジャーのキートークから、静かにテンションを生み出す生まれつきの美声で有る為に、何ら警戒しようがなかった。  そうレイさんの差し入れ、お手紙、何よりの直の感激は、素直にピアノを弾いてやり甲斐の有るものと悟り始めた。そして私が転がり始めるのは4回目の公演後の、あまりにさり気無いお誘いだった 「麻美さん、ご自分の姿忘れていると思うけど凄く綺麗よ。どうかしら、私と同じ接客業に転職しないかしら。決して楽では無いけど、やり甲斐はあるお仕事よ」  レイさんは巧みに引かせる。接客業は他でも無い、地元横浜のキャバクラの誘いだった。私は社会人になっても、未だ二十歳未満なので、お酒は飲めないものの、最近のキャバクラはバイタリティーよで丁寧に勧められた。そこからはとんとんだった。  レイさんに勧められるまま手引かれて、港町の高級クラブEGOに説明を受けに行ったら、やや若いがやたら声の通るマネージャーの冴島了子さんに丁寧に案内された。 「容姿は不可測無く勿論合格よ。視力がどうのこうのはもうそういう時代でも無い訳よ。それでもね、接客業はどうしても若いうちが花なのよ。ただ麻美ちゃんは、こう、トークより、いるだけで華やぐわね。どうクラブ回りは指名有りきの歩合性だから、いらぬ苦労するのは可哀想だわ。私としては経営する系列ののぞき部屋を紹介したいのだけど如何かしら。難しい事は何も無いの、座って、ああと演技して、手で一手間あるだけだから」  その横浜ののぞき部屋undo gunの日給は、平日2万円に土日祝祭日2.5万の完全補償だった。月間に換算すると、今の八丈玩具より3倍か稼げる試算だ。私は金額に惹かれて、八丈玩具に別れを告げてから改めて訪問しますにした。  別に自暴自棄と言うつもりはまるで無い。地元横浜という街は、妥協と搾取の街だ。その位の偏倚は瑣末な事と若い私でも知っている。  そこから、9月末に八丈玩具を円満退社し、難関だった家族にも何事も人生経験だからと押し切った。  どうしてすんなり了解したかは、万が一のダミーのキャバクラ店のアドレス教わっておりそこに勤めて、自らの角膜移植手術費用を稼ぎたいと熱を込めて説明したからだ。  そう角膜移植手術の難関であった、成長して貧血もなくなり、白血球も安定している事から、主治医最上先生から、お待たせしたねで、まさかの懐かしき日常が戻って来るかもだった。  自らの道は自らの若さの押しがあればこそと思う。  undo gunのステージの手解きは、了子マネジャーの手取り足取りで教わるも、やや呆れられた。私には自慰の自覚が無いので、自ら致す事が出来なかった。ままあるのよねで、譜面を描く様に、このタイミングになったら、はだけて、膝をあげて、右手もクイックと、なすがままに受けては、仰け反って、そうでしょう普通に行くより綺麗でしょうで合格基準を超えた。  そしてオプションの接客のジョブに関しては、道案内のアシスタントを用意するから、部屋に入ってこうと、ここ最近のお客の硬さはこれよのやや柔らかいディルドを用意され、目を閉じたままゴムをそれとなく着け、オールを緩急入れて果てさせてちゃっちゃとだった。ここは行き当たりばったりのお任せにされた。  そしてundo gunでの振る舞いは、この夜の道を勧めた上條玲香事レイさんもキャバクラから横滑りして、全ての手解きを受けた。のぞき部屋からの仕草、衣装、演技、そしてオプションのジョブの手加減も全てだ。研修準備期間はより充実し、やっていけるかなの自信は幾ばかりか持てた。  そして、私のステージデビュー日は9月第2週の日曜の午前の部が選ばれた。お客ならば、金土ともに飲み上げては日曜の朝に潰れて、安心な客しか来ないのがもっともたる理由だった。  肝心な名前もローズに決まった。もう少し可愛い名前も、令子マネージャーから見た目、真っ赤な薔薇そのものだから違和感も何も無いのよと諭された。まあ努力はしますで着陸した。  やがてundo gunデビュー3日前に、レイさんが事前に約束しては迎えに来て自宅マンションに招かれた。最上階の4LDKの部屋は、有り勝ちなアロマでは無く明らかに抽出が高そうな香りだった。何故に一人でこんなに大きな部屋もは、レイさんは高級エステの元エステティシャンで、夜の世界に入っても話がつい盛り上がると、是非の個人施術で手狭になっては、趣味と実益を兼ねたマンションを買ったそうだ。  私は、レイさんにエステ部屋着に密着され着替えさせられた。この時点で猶予すべきだったも、もう手際良く背術台に上げられた。コースとしては一般美容で、気付かず脂肪の着いた部位を痩身してくれた。こんな感じかしらも足がそこ迄浮腫んでいるとは思わなかった。  そして気になる事はのカウンセリングに入った。私の身の回りは母梓がケアしてくれるので、成長した分体毛も多い筈も問題無いわよで返される。レイさんは解説混じりに私の身ぐるみを全て剥ぎ、何故か吐息を漏らしながら上ずった声で、有る事は有るけど本当に体毛は薄く気にする事は無く気休めだけどと、二本の糸によるスレッディングで目に付く産毛を丁寧に弾いて言った。  そして残った股の部位になると、このままでも問題に無いけど、レーザーでこういう事も出来るのよと、レイさんが確かな衣摺れ音を聞きながら、優しげな手でレイさんの股に導かれた。確かに有って当然の体毛はまるで無くスベスベで、これでは恥ずかしいわよね、でも私が素敵なデザインにして上げるわよと、膝を打ち震えなが漸く言葉を吐いた。分かっている、もうレイさんの股間は私に欲情してかびしょ濡れで、立ってるのが必死だった。私は止む得ず聞いた、恋人さんに良いのですかと。 「いやですよ、ローズさん。私は主に女性だけです。親友のどうしてものお誘いで2対1で加わるけど仕方無しにね。そもそも最近の男性って、柔いし脆いしすぐ果てるしで、良いところが無いでしょう。その点、私は逞しい女性が大好きなのよ、私の心奥底のほむらを静かに消せるのは、親友だけ。麻美さんは私の事嫌いでは無いでしょう。ほら、もう私の一番荒々しい場所を探り当ててる。ねえ、人より大きいでしょう、私のおまめさんは、はあ、はう」  私は前振りが長そうなので、人体上の陰核事確かに膨らんだおまめさんをピアニッシモで何度も弾いた。レイさんは何を感に咽ぶか女性に在らざる呻きで、股間はもう手に負えないほどびしょ濡れになり、全身がガクガク震えては果てて、その場に伏した。  レイさんは息絶え絶えになりながらも、漸く這い上がり、明らかにエロスのスイッチが入っていたようだった。 「ローズさん、あら酷い。自慰もした事も無いのに、こんな数手で私をいかせる事が出来る筈も無いでしょう。いいえ、私の目に間違いは無かったわ。あなたは女性の頂点に立てるオンリーワンよ。私はただそれに付き添うだけ」  今度は、もはや欲情しているレイさんが攻め手になり、私の未発達の陰核をこれでもかと手を返しては、往復の下から撫で上げる前戯で唯一のポイントを見つけては、安心して左乳房を吸い上げた。  私は図らずも快楽に沈み、何で今日迄辿り着かなかったを考えたが、オルガニズムの往来では、レイさんの如何かしらに、本能のまま可愛く、はい、と答えるしか無かった。搾取か正しい性交かの背徳が揺らぐが、レイさんが何度も好きと言ってくれるのがただ心地良く。人生で初めての頂点を迎えオルガニズムを無事通過した。  肉体も心も初めて女性と知り得たのが、レイさんの導きだったのは、レイさん曰く全ては運命と言い張る。まだ女性の入り口の私には、その先も付き添って欲しいとはあまりの若さゆえだったと思う。  その夕方迄エステ後半はそっちのけで、二人仲良く三回は豪快に果てた。そしてレイさんが行為後にしな垂れては、不意に私は残酷な初めての奴を洗いざらい喋った。ここで話さないと一生話さないだろうが過ぎった甘えが走った。  レイさんはずっと静かに嗚咽し、やっと静まった頃にこう。 「ローズ、あなたの棘は甘く切ない。あなたのピアノタッチは憤怒そのもので、私はそれにただ憧れていたのが情けないわ。でもね、あなたはきっとこれからの人間よ。そして、きっといつか私の為に素敵なショパンを聞かせてね。約束よ」  私はそこ迄可哀想では無いですと言い掛けたが、キツく結ばれたゆびげんまんが押し留めた。はい。これを絞り出すのがやっとだった。でも、その素敵なショパンはレイさんとのいつかのお別れが無いと生み出せないと、身体中のバネが的確に反応した。そして上背のある私が、優しくレイさんの背中を抱き込んで、悦楽のほむらをゆっくりと鎮めて行った。  
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加