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早朝の歩道。
春風が誰もいないアスファルトを掃く。
「今日の決まり手は、はたき込みというところか。
あまり誉められた技ではねぇな。」
その老人はくたびれたジャージの上下に、
年代物のジャンパーをはおる。
さみしいくらいに、少なくなった頭髪から覗く頭皮に
きれいな朝日が浴びる。
「しかし、派手にやりよったわい。」
老人の目の前に広がった光景は、
食べ物の残飯。
汁物からは悪臭。
ちらかった紙屑。
そして、無残にもやぶかれたゴミ袋の骸。
それをやった犯人を老人が初めて見たのは、
病院での長い闘病生活を終え、
やっとの思いで我が家に戻ってきた春の日のことだった。
もう春だというのに朝はまだ肌寒い。
老人は肩を一度だけブルっと震わせて、
ごみ置き場に立てかけてある、ほうきを右脇に挟む。
そして、杖をほうきにもちかえて、器用に散らかった残飯を掃き集めた。
言う事をきかなくなった左半身は無視しながら、
健常の人間であれば、ものの2~3分でできる
その残飯の掃除を40分もかけて行った。
その老人の額から下たり落ちる汗の数は、
季節をまちがったかのように吹き出している。
ぎこちない格好で、何も言わずにもくもくと掃除をする姿を、
電柱の上からカラスの群れが見下ろす。
時間が経ち、気づけば出勤途中のサラリーマンが
避けるように通り過ぎる。
「くっせー。」
ランドセルの小学生の心無い声にも、動じることなく
老人は掃き続ける。
周囲からみたらその姿は滑稽に見えたのかもしれない。
やっとの思いで一か所に集めたゴミの残骸。
一息つこうと、左半身を壁に預けようとした瞬間、
、老人が見る世界はぐらりと反転し、頭から真っ逆さまに転がった。
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