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その激しい衝撃に、電柱の上から見下ろしていた
カラスの群れが一目散に飛び立った。
「くっ、ただでは倒れはせんわい。」
老人は態勢を崩しながらも、かろうじて動く右手をついて難を逃れた。
ふと、見上げた向かいのアパートの一室。
その窓のすき間から、隠れるようにこちらを見ている、
哀れんだ瞳の主婦。
「ふん。」
そんなのはお構いなしという姿で、また、ジリジリと老人は立ち上がる。
ついた掌の傷がしびれるように痛む。
「次は負けねぇぞ。お前に黒星つけてやる。」
誰に言い放ったのか、そう言った
老人は震える体を杖にあずけ、
踵を返してその場を立ち去る。
一歩、また一歩。
杖を握りしめた手から滴り落ちる血と汗がまざって、
アスファルトに点々と模様をつけた。
その様子を、遠くから
二つの眼光が見つめ続ける。
その見透かしているともいえる眼差しが
自身に刺さっていると
どこかで確信しながら、
老人は帰路についた。
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