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風が強い五月晴れの朝。
倒れそうな左半身を
一本の杖と気力で支え、老人はいつもの
60メートルを歩く。
今日みたく風が強い日は、体にこたえる。
老人はそう思いながらでも、
はるか彼方の地平線を目指すのではない、と
自分に言い聞かせた。
ほんの数メートル先のゴミ捨て場に行くのだ。
そうだ、一人で生きていくと決めたからには、
たかが、ゴミ捨てくらい一人でする。
意地になっているわけではない。
何よりも、あいつに負けるわけには
いかない。ゴミを荒らされてはいけない。
今月は白星がつづいている。
カレンダーにつけている白星はその証だ。
ゆっくりゆっくりと一歩ずつ前へ。
風に飛ばされないよう、
自分の体を引きずるようにして
目的地まで歩く。
途中、杖とゴミ袋をもつ右手がしびれを
起こした。
大粒の汗がじんわりと体をつたう。
一呼吸ゆっくりと時間をおいて、再度踏み出す。
ようやく目的地まで
10メートルという所で、
正面から咆哮が聞こえた。
待ち構えていたかのように
こちらを威嚇してくる奴。
優雅に赤茶けた短毛をなびかせながら。
「ほう、先に土俵に上がったのか。」
にやりと笑った老人の顔の先には
塀の上から獲物を待ち構えている
野良猫、赤虎の姿があった。
普通の野良猫なら人間がくると一目散に逃げるが
赤虎は違う。
その相手は一定の距離を保って
こちらを覗きこむ。
いや、覗きこむというよりは、
挑むような眼光で老人を睨むといった所か。
「ふん、今日は風も強いし、しっかりと結んできたからな。」
そういって、老人はゴミを捨て、
その上から網ネットをぎこちない手でかぶせた。
今度は赤虎の悔しそうな目が
老人を睨む。
___こいつも生きていくのに必死。
俺もそうだ。
相手は頭がいいのか、
それ以上は老人に近づいてこようとしない。
「よし、今日は俺の勝ちだな。」
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