二.五月場所

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___猫は猫でもいろんな奴がいる。 人間と一緒だ。 老人は震える足で帰路につきながら、 遠い昔、丁稚奉公(でっちぼうこう)で世話になった 店での出来事を思い出していた。 ____丁稚奉公(でっちぼうこう)がまだ盛んにおこなわれていた時代。 それが技術習得の修行と言えば聞こえはいいが、 実際は親の借金の(かた)で 老人はある寿司屋に売られた。 その頃、十歳だった老人に 自身が好きな事、やりたい事など を選ぶ権利はなかった。 とにかく、親がこさえた借金を、 返すためだけに働く 道具になった。 親からは、愛情も何もかも教えてもらってない 老人は 包丁も握るどころか、 ほうきの掃き方一つも知らなかった。 そんな、何もできない小童(こわっぱ)を 兄弟子たちはいびり倒した。 老人の寝る場所は店の裏手にあった建てかけの荒ら屋の二階。 果物などが詰まった山積みの段ボールの隙間に布団を敷いて寝た。 夜な夜な両親が恋しくて涙を流すと、 隣で雑魚寝している兄弟子から 死ぬほど殴られた。
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