二度目の卒業

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 まだ冷たさが残る3月の風が吹く。時々、強い風が吹いて、制服姿の生徒たちが「寒い、寒い」と言い合いながらじゃれ合っている姿も楽しそうだ。そんな彼らの光景を見られるのも最後かと思うと、やっぱり悲しい。  「……ただ、ただ時折、努力はとも思う。」  隣から聞こえる松尾先生の声が、私に向けてのものなのかすら分からなかった。  松尾先生は生徒の方を向いたままだ。  「長いこと教師をやって大学受験みたいな人生の岐路に(たずさ)わっていると、考えるようになる。」  そこまで聞いて初めて先程の話の続きをしようとしてくれていることが分かった。  そのくらい私の最後の言葉から時間が経っていた。  「受験生なら希望の大学に入るために誰もが努力している。私たちが担当した生徒たちはもちろんのこと、他のクラス、他の学校、浪人生も。私たち教師は目の前の生徒のことばかり考えてしまうが、全国で同じことが起きていて、大学受験はそんな中で限られた席を取り合う競争だ。」  松尾先生は微動だにせず淡々と話を続ける。  「彼らの努力はそのどれにも優劣はなく、あるのはただ無機質な試験の点数だけで決められた合格不合格という結果だけ。」  私から見える松尾先生の横顔は、眉間にしわを寄せ難しい顔をしていた。  「別に努力に意味がないと言うつもりはない。ただ努力すれば報われるということはなく、しかし努力することだけが報われる方法だ。全ての努力が報われることはなく、努力が報われなかった人は必ず一定数現れる。不幸にも報われなかった側になってしまった生徒になんて声をかければいいのか。……それは、私にも、誰にも分からない。」  少しずつ松尾先生の表情が変わる、片方だけ見える目が怖い。  「だったらいっそのこと、努力がのなら、誰も苦しまずに済んだんじゃないかって思う。初めから努力が報われないと分かっていれば、あんなに苦しい思いをさせずに済んだんじゃないか。(いく)ばくかの努力が報われてしまったが故に、人は努力を強いられることになったんじゃないか。」  松尾先生は一つ深い息をついて、いつもの、いや、少し悲そうな顔をする。  「いや、分かってるんだ、そんな妄想を言っていても仕方がない。だからせめて私が担当した生徒たちだけでも努力が報われて欲しい。……あと何回、あの顔を見ないといけないんだろうなぁ。」  私はどう答えれば良いのか分からず、何も言えずにいた。私には松尾先生との間に続く静寂がいつまでも続くように感じた。
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