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ティアーが、包帯をしていない方の手を高く振っている。
傍らには、右肩に猪らしき肉塊を抱え、左手に人の頭ほどの大きさをした虫をぶら下げている。
「たっだいまー」
「おーっす」
「豊じゃん。どうした?」
「ライトはベルのお守りに帰ってきたから、代わりに俺が来たんだよ。
ヴァニッシュは珍しく用があるとかで消えちゃってさ」
明るい内から出歩いているせいか、豊はちょっとふてくされているように見える。
「てーかその虫、食うのか……?」
俺はかたくなにお断りしているが、ライトを始めエメラードの魔物達はおやつ気分に小さな虫をかじっていることがある。
それでもこの大きさの虫を食べるというのはそういった習慣に馴染みの薄い人間からしたらぞっとしない。
ついでに、個人的なことだが、先日のディーヴやナウルのことが思い出されて暗澹とした気分になってしまう。
「アッキ―が治した腕の栄養になるから食べなさいって言うんだもん。
あたしもこればっかりはそんなに好きになれない味なんだけど」
「ティアーの好き嫌いって珍しいな」
「俺もこいつだけはうまいとは思えないな……」
「豊も食ったことあるんだ」
「ベルの奴が試しに食ってみろってしつこくてさ。
要するに、アンデッド種限定の薬効みたいなものがあるんだってさ」
「へー……透、どうした?」
何だか、透がやけに大人しい。
誰に対してか、何やら探るような表情で俺達の様子をうかがっている。
「……君が、ユイノくん?」
「ああ、そうだけど。前に会っただろ」
「あの時はそれどころじゃなかったから我慢したんだけど、個人的に聞きたいことがあって」
「別にかまわないけど、何の用だよ」
「今は、いいや……この場で言えそうなことじゃないし」
「敦、あたし達、ちょっとお散歩してこようよ」
「あー、わかった」
気を利かせたのだろう、ティアーが有無を言わせぬ勢いで俺を引き立てる。
透が豊に聞きたいことがあるっていう、その事情を知っていそうな雰囲気だったので、俺は彼女に任せることにした。
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