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「渡にいちゃんさ、おととし、結婚したんだ。
親もいないし、学校行けないで働いてたんだけど、彼女を妊娠させちゃって。
もう子供も生まれたんだって。
俺は渡にいちゃんにも透にも、数少ない友達だったから特別に、って手紙で報告してくれた。
それで、子供の名前……男の子だったから、透、にしたんだって」
「……なんだか、不吉じゃない?
大人になれなかった弟の名前をつけちゃうなんて」
「だからだよ。
おまえの分も長生きして欲しいって。
それで、透に殉じた両親みたいに、いざって時は自分が子供を命をかけても守りぬくんだって」
思えば、俺と遊んでくれた渡にいちゃんは、どこか冷めたところのある子供だった。
両親が透にかかりきりだったのを見て、寂しくないんだろうかと思って訊いてみたんだけど、「もう期待してないから」とそっけなく答えたものだった。
「渡にいちゃんは、両親の想いが自分にも透にも平等だって、知ってたんだ。
透と自分の立場が逆だとしても、両親は同じことをしたはずだから。
そして……自分と透の生まれが、あんまりにも不平等だってことも、わかってた。
だから親に甘えられないくらい、何ともないって」
早くから自分の家庭を築いたのも、もしかしたらそれが関係しているのかもしれない。
自分は両親に対しても透に対しても無力だったから、新しい家族を支えることで報いたかったのかも――そんな風に、渡にいちゃんは手紙にしたためていた。
「渡にいちゃん、透のこと、これっぽっちも恨んでないよ。
ただ、おまえにも両親にも、もう未練はないんだ。
1人ぼっちになっても前を向いて頑張って、自分の幸せを手に入れたから」
決定的に残酷な言葉を、吐いた。
透の覚悟を信じることにしたから。
「ぼくもね。エメラードに来たこと、そんなに不幸だと思ってないんだよ。
だって、アッキ―もローナも、ミクちゃんも、ぼくを必要としてくれるんだ。
……パンって平均寿命が300年くらいだから、アッキ―は生きてあと50年くらいだって言ってる。
彼が死んだ後は、ぼくがこの場所も、ローナも守らなくちゃいけないんだ。
それって、家族ができたのと同じだよね」
懸命に明るく話そうとしているのが、見え見えだった。
そして、本心を伝えるまでについ回りくどくなってしまう、悲しい癖……渡にいちゃんが残酷な真意をあえて伏せていたのとは決定的に異なる、透の本心は、決して渡にいちゃんへ届くことはないのだ。
「自業自得、だけどさ。
ぼく、もう……嬉しくっても悲しくっても、涙も流せないんだ。
おにいちゃんに、ごめんねって。
それとおめでとうって伝えたくても、どうすることもできないんだね」
透は両膝を腕に抱えると、膝小僧の上に顔を伏せた。震える声を覆い隠そうとでもするかのように。
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