浅井先輩はギャップがすごすぎて困ります

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浅井先輩はギャップがすごすぎて困ります

  二 「浅井、ちょっといいか?」 「はい。保存したら行きます」  作りかけの書類をクラウドに保存し、バックアップを確認してから部長の元へ向かう。直属の部下である山本くんはコンピューター室へ行ったようだ。部長の机は相変わらずきれいに整頓されていて、どこにも隙がない。無駄なものは一切置かれておらず、もちろん傷や汚れもなかった。放っておくとぐちゃぐちゃになってしまう私とは百八十度違う。 「山本を営業部に推薦しようと思う」 「本当ですか?」  部長に対して失礼な言い方だと知りながらも、ついそう答えてしまった。 「きみの言うとおりだ。コミュニケーション能力はずば抜けてるし、俺のしごきに耐えるだけの精神力もある。営業部長にさりげなく話したら、ぜひにって言われたよ」 「わかりました。まだ本人には言わない方がいいですよね?」 「ああ。正式に決まったら教える」  そうか、山本くんは異動してしまうのか。少し残念に思うのは、子どもが巣立っていくときの母親のような心境だからだろう。  五才年下の山本くんは流行りのエス系男子で、時々鋭い言葉を投げかけてきたりもする。だけど優しい一面を持っているから、相手を傷つけることはしない。イケメンで人当たりが良く、仕事もばりばりこなすため、部長からの評価も高かった。女子社員の中には彼を『まもくん』と呼び、推している人までいるほどだ。  飄々としているせいで天才のように思われているけど、実は努力もできる子だ。ミスを取り返すために仕事を持ち帰ったり、休日勤務も平気でする。手が空けば他の社員の仕事まで手伝い、雑務も率先して行う。備品室で悔しそうに泣いているのを何度か見たことがあった。  一つだけ不思議なのが、どうして必要以上に絡んでくるのか、だった。他の同僚たちには心当たりがないらしい。教育係を引き受ける前にも食事に誘われたことがある。私がからかいがいのあるおばさんだということは間違いないのだけれど、やはり甘い言葉を吐かれると心が動いてしまう。  仕事しか能がない地味な私と、きらきらと輝くパリピな山本くん。私たちが少女漫画の登場人物であれば面白い作品になるかもしれない。でも、ここは現実世界だ。変な噂を立てられないよう、真摯に振る舞わなければならない。  だから私は、山本くんが近くにいるときだけは椅子に深く腰かけることにしている。リラックスできるおまじないのようなものだ。検索結果の一番上にヒットしたため試してみたのだが、効果は抜群だった。冷静に話せるようになってからは、どんな台詞にも対応できている。 「先輩、ピザ嫌いって本当ですか?」  コンピューター室から戻ってきた山本くんが、軽い調子で言う。 「嫌いじゃないよ。好きすぎて何枚でもイケるから、あまり食べないようにしてるの」 「じゃあ、駅前にできたイタリアンの店に行きませんか?」 「今日は残業になりそうなんだ、ごめん」 「そうですか。手伝います」 「大丈夫、すぐ終わるから。定時であがっていいよ」  営業へ行けば、残業の日もあるだろう。山本くんはこの部署でできる仕事は全て覚えてしまっているから、異動するまではなるべく定時に終わってもらいたい。 「わかりました」  ……山本くんがすごく残念そうに見えるのは、きっと気のせいだろう。
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