猫と鹿

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「お前は角は小せいくせに真昼間っからグダグダするってのか?どうしようもねぇな。」同い年のどんぐりだけで生きてる偏食家はなにかと突っかかってくる。気に入らないならほっとけよ。 「お前には関係ねぇだろう。おめぇみたいに食うためにあっちこっち行く必要ねえんだよ。さっさと向こうのお山にでもいきやがれ。」太陽は真上に上がりきったところで、まだまだ時間がある。かと言って無駄に歩き回るのは莫迦のする事だ。黙って夜が更けるのを待つか。  目を閉じて木の陰で寝ようとしていると、足音が近づいて来た。人間じゃなさそうだ。狗か?警戒していると少し離れた木から白い耳が覗いた。逃げる準備をする。敵の全容が見えた。小さい仔猫だった。拍子抜けして腰が抜けた。大山を鳴動させた白猫はこちらの気も知らずに話しかけてきた。 「やぁ、そこの大きい方。あのね、僕はどうやら道に迷ってしまったみたいなんだ。そこでひとつ、里までの道を教えてはくれないだろうか。」小さいくせしてなかなか大時代的な話し方をする奴で、ケセランパセランみたいにもこもこしていた。太陽はいくらか傾いたとはいえ、まだまだ明るさは衰えていない。道を教えると言っても言葉じゃ分かりにくいだろう。連れて行くか、でもまだ行くべき時間じゃない。 「急ぎで帰らにゃならねぇのか?俺も里に用があるっちゃあるんだが、なにぶんまだ早えもんで。」 「早く着けるに越したことは無いけども、それ程急ぎと云う訳でも無いよ。なに、日が沈むまでには着きたいと云う訳なんだよ。」里の何処かの家の飼い猫なんだろう。言葉遣いから恐らく良家の猫だろう。恩を売れば或いは…。 「仕方ねぇ。ついて来な。てめぇの案内役になってやらぁ。」 「いやどうも有難い。連れがな三里回らんとも言うし、兎に角よろしくお願いするよ。」小難しい言い回しをする猫っころだ。  道中この仔猫はどうしてそんなに話題が湧いてくるのかというほどよく喋った。右耳から左耳に聞き流していたが、そんな事はお構いなしに口の休まる暇も無く話し続けた。里の人の噂とか一昨日見た虹の話とか、興味の欠片も無い話をやたら鼻につく話し方で永遠と語っていた。やっとのことで里の近くまで来た頃には気が疲れていた。仔猫はやっと静かになった。二人黙って歩いていると、また仔猫が口を開いた。 「ここらで大丈夫。どうもどうも有難う。君がいなければ未だ山中にいたことだろうよ。お礼に一つ、耳寄りな話を。」まだ何か話し足りないのか。耳寄りと言うんなら一つくらいなら聞くか。 「近頃夜分に鹿が稲を食い荒らすというんで、辺りの山のを大勢で撃ちに行くんだと。君も金輪際里に下りて来るのは止めて、遠方に逃げた方が良い。じゃ、達者で。」そう言うと走って行った。  風の噂で聞いたことにはどんぐりの偏食家は撃たれたらしい。
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