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「落ち着いてください。まずはお話を……」
「よろしい。では、聞いてもらおう」
係員に促されて、灰色の背広の男が、事情を説明する。
三階で買い物をしてから、エスカレーターで一階まで降りる途中だった。ふとズボンのポケットに手をやると、入れておいたはずの財布が失くなっている。
普通ならば「先ほどの買い物の後、落としたのだろう」と考えるべきだが、彼は違っていた。ちょうどエスカレーターに乗る直前、歩いていた客と軽くぶつかる、というアクシデントが起きていたからだ。
「だから、ピンと来たのだ。その時すられたに違いない、と」
男は、自信満々な表情を見せていた。
この様子では、私のことをその「ぶつかった客」だと思っているらしい。
完全に人違いだけれど、話を聞く限り、私もそいつが彼の財布をすったのだと思う。だとしたら犯人は、中の現金だけを抜き去り、足がつきそうなクレジットカードなどは入れたまま、不要となった財布を投げ捨てたのだろう。
そうとも知らずに、おせっかいな私が、拾ってきてしまったのだ。
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