猿も財布を木に落とす

4/5
前へ
/5ページ
次へ
    「では、ご確認ください」 「うむ」  改めて私の方をジロリと睨んでから、男は財布の中身を確かめる。これで現金だけ消えていれば、また「お前が盗ったのだろう!」と私を非難するに違いない。  それが濡れ衣であることを、どうやって証明できるのだろうか?  激しく憂鬱になる私の横で……。 「ん?」  男は、困惑の表情を浮かべていた。 「どうしましたか?」 「……何も盗られてはおらん。確かに私の財布であり、金額も間違いない」  無事に財布は戻ってきたものの、一度は盗まれたのも確実だった。なにしろ彼は、三階で財布を使った後、一階まで戻る途中で紛失に気づいたのだ。この状況では、彼自身がエントランスホールで財布を落とすのは、明らかに不可能だった。  したがって「警察を呼んでくれ!」は撤回されず、私も警察沙汰に巻き込まれる形になった。  しかし、本格的に警察が関わってくれたのは、むしろ私には好都合だったのかもしれない。  おかげで、店内の防犯カメラも全てチェックすることが出来て、私が一階でうろうろしている様子も確認してもらえた。灰色の背広の男が三階で買い物をしたり、エスカレーターに乗ったりという映像もあり、それらの時刻との比較により、私が財布を盗むのは不可能と証明されたのだ。    
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加