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カラリと戸が開く音がすると私は少し緊張する。
裏の戸が開いた音で、その音を発生させるのは一人しかいないからだ。
「白崎くん、今日も来たの?」
私は落ち着いた声で言えただろうか。
私が声をかけると、彼は薄く微笑み軽く手を振った。
驚きの再会をしたあと、彼は図書館にほぼ毎日来るようになった。
時間は決まってなかったが、必ず裏の入り口から入る。
本当はそこからの入館はお断りをしているが、知り合いだし、私以外誰も来ないから彼にはとくに伝えなかった。
昼間の適当な時間に来ては、決まった窓際の椅子に座り、適当な時間に帰っていく。
別れた元カレがそんなフラフラと行き来されては、正直心臓に悪い。
「あれ、昨日読んでた本、このまま置いといてくれたの?」
「うん、読みかけだったみたいだから、また読むかなって。どうせ誰も来ないから。」
「ありがとう、森下さん。」
”森下さん”と言われ、私の心がチクリと疼いた。
昔は”理沙”と呼ばれていたのに。
しかし仕方がないことだ。はじめに”白崎くん”と言い出したのは私のほうからだ。きっと彼が私に合わせてくれているのだろう。
私だって昔は”春樹”と呼んでいた。
再会したとき、彼が私を訪ねて来たわけではないとすぐにわかった。
昔付き合っていた恋人を見て驚いたのは私だけじゃなく彼も同じだった。
あの時の驚いた顔をした彼が頭から離れない。
「いいところだよね、ここの図書館。静かで。」
「どうせ誰も寄り付かない錆びれた場所ですから。」
「そんなこと言ってないよ。」
冗談めいた声で嫌味を言うと、彼は楽しそうに笑った。
この顔を私はよく覚えている。
彼と再会して何度か会って、彼は昔とそんなに変わっていないと思った。
高校生にしては驚くほど落ち着いていて彼は周りから少し浮いていた。
友達はあまり多くはなく、運動も苦手だった彼はいつも教室の隅でひっそりと本を読んでいた。
そんな彼が、当時の私にはなぜだか特別に見えていた。
「なにそれ?」
「これ、ごはん。」
煮干しが入った小さな皿を持つ私を見て白崎くんが聞いてきた。
私が答えると白崎くんは眉間に眉を寄せ、自分を指差す。
「白崎くんじゃないわよ。時々ね、白崎くんがいた場所に白い猫が来てたの。最近来てないんだけれど……。」
私は窓から身を乗り出しバルコニーの辺りを見渡す。
今日も太陽がよく辺りを照らし、白いバルコニーに反射して眩しかった。
小さな猫を見つけるために私は手のひらを眉につけ、目元に影を作る。
「もしかして僕がこの場所とっちゃったからかな。」
「そんなわけないでしょ。猫なんておいしいものがあれば……あ、いたいた。」
バルコニーに置いてある椅子の影に隠れていたのは時々現れていたあの白猫だった。
久しぶりに会う猫に見せつけるように小皿を窓の縁に置くと、猫はのっそりとジャンプをして窓の縁に着地した。
そして”いただきます”の感情もなさそうに、ポリポリと煮干しを食べ始める。
「たぶんどっかの飼い猫なんじゃないかな。毛並み綺麗だし、ちょっとお年寄りみたいだけど。」
「この子……」
「ん?」
白崎くんは猫をジッと見つめた。
視線に気が付いたのか猫も食事を止めて白崎くんを見つめ返す。
「僕と似てる……。」
ポツリと言った白崎くんの横顔を見て私は本当にあの時と変わってないと思った。
そして数々の思い出が蘇るうちに、私にはずっと心に引っかかってたことがある。
白崎くん、私ね、
なんであなたに振られたのか、今でもわからないの。
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