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猫神さまのご利益
夜十時頃。三毛猫のあとを追って歩いていたら、いつのまにか町の神社についていた。鳥居の前で足を止める。三毛猫は音もなく鳥居をくぐり、お堂へと進んでいく。
「……大猫神神社?」
鳥居に書いてある文字を読み、わたしは首を傾げた。こんな名前の神社だったっけ。
境内に入ると苔と土の香りがした。
わたしは月明かりの下、のろのろと春色のお財布を取り出す。
二礼二拍手のあと、鈴を鳴らし、ありったけの硬貨を土地神さまに奉納。
『人づきあいを楽にしてください』と、心から願った。
お参りした翌日から、とんでもないご利益があった。
わたしにだけ、人の頭に「猫」が見えるようになったのだ。
ご近所に挨拶するお姉さんの頭には、小さな白猫。
サラリーマンの頭には太ったハチワレ。
市役所窓口の方々の頭には、かなり大きなキジ猫が乗っている。
頭の「猫」はまるでアクセサリーみたいだ。
この「猫」は生き物ではなく、人の心を表している超常現象っぽいもの。世渡りのために装いとしてつける、いわゆる「猫かぶり」の「猫」。
乳幼児には猫がいなかったり、太鼓持ちをする人間の猫が大きかったりするので……なんとなく、わかってしまった。
なお私には、私よりも大きい巨大猫が憑いている。三毛。
頭の「猫」が見えるのは、ご利益と受け止めている。だけれどもしかすると、呪いなのかもしれない。
……あの大猫神神社にお礼参りに行こうとして、そんな名前の神社は、町に存在しないと気がついた。
大猫神神社があった場所には「大田神神社」という、一文字違いの神社があった。
そして大田神神社は朝六時~夕方六時までで、夜間はお堂を閉める。
大猫は妖怪の一種。得体の知れない大きな猫や、飼い主を殺された恨みで化けて出た猫など、日本各地によって伝統は異なる。荒ぶる魂を鎮めるため、神さまとして祀られた大猫もいる。
……わたしが訪れた大猫神神社は本物で、本物だからこそ、猫好きのわたしを助けてくれたんじゃないかな……。
わたしは、猫かぶりの猫が見えるようになって、人づきあいがぐんと楽になった。
みんながみんな猫をかぶっていると知ったから。なにより、いつでも猫が視界に入るので、リラックスできる。
わたしは大きな猫を頭に乗せたまま、神社に向かって『ありがとうございます』と、心からお礼を言った。
お堂の中央で、あの三毛猫がにゃーおと鳴いた。
(終)
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