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 普段は誰よりも遅く出社し、時刻ギリギリにデスクに座るに宮下が、まさか私より早くに出社しているなどとは、つゆほどにも思わなかった。  私は自分のデスクに荷物を置くよりも先に、宮下に声をかけた。 「宮下くん? 随分早いけど何か問題でもあった?」 「おはようございます先輩。いえ、しっかりと仕事をこなすには、余裕をもった行動が肝要かと思いまして」  普段の宮下からは想像もつかないような台詞で返され、半開きになった口の端を引き攣らせていると、宮下は仕事の準備をしますと言って、それからはパソコンと向かい合っていた。  終業の時間までそれは続き、完璧以上の仕事ぶりをみせ、周りの職員にも驚かれていた。  終業時間ぴったりに宮下が職場を出ると、途端に後輩たちが私のデスクまできて話しはじめる。 「宮下くん、昨日からどうしちゃったんですか? 仕事はすごいけど……」 「そうそう。全然笑わないし、話し方まで変わっちゃって」 「わかる。取引先の人も、戸惑うレベルだよな」 「ちょっとあれはやりづらいよなー。キャラ変が過ぎる」  皆が各々戸惑っていることは良くわかった。  確かに、働きぶりは素晴らしい。だが、彼はこの会社のムードメーカーでもある。そんな彼が笑顔ひとつ見せないのは……。 「宮下くんとは、明日話をしてみるから。とりあえず、皆は普段通り接してあげて」  声をかけ、自分も帰宅の準備を始めた。  家に帰ると、ミーが愛らしく迎えてくれた。  リビングは綺麗に片付いている。普段の仕事がいくつも減ってはいるが、まだ慣れることができない。  悟志は二階で勉強でもしているのだろうか。普段は、学校で疲れたから休憩中ですと、全身から疲れたオーラを放出しているというのに。  世話というのは、急に焼けなくなると寂しくなるものなのかもしれない。  夕食の準備だけ済ませ、悟志の部屋に行く。  階段がいつもよりも長く感じて、これは心の距離なのだろうかと不安に襲われる。  私はここ二日間、さとしの笑顔を見ていないことを危惧していた。
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