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「悟志、入るよ」  声をかけたが返事がない。ドアノブを捻ると、手元から無機質な音が響く。  悟志は、机に突っ伏して眠っていた。  普段とは違う生活に疲れが出たのだろうか。起きる気配もなく深く眠っているようだ。  久しぶりに息子の顔を覗きこむと、うっすらと頬に何かの赤い痕のようなものがついていることに気が付いた。 「どしたのこれ」  よくよく見てみると、猫や犬の足跡のようにも見える。  随分と器用に可愛らしい痕をつけたものだとひとり顔を綻ばせていると、悟志が急に目を覚ました。 「母さん、おかえり」 「ただいま。悟志、この痕どうしたの?」 「痕? わからない」 「そっか」  首を捻る悟志のもう片方の頬に目をやると、同じような痕がある。 「うそでしょ? こっちにも肉球」 「肉球?」 「うん。なんで気付かなかったんだろう」  今度は私が首を捻る番だ。 「母さん、勉強の続きするから」 「あ……ああ。うん、わかった。ご飯できたら呼ぶね」  階段を降りながら、もしかして避けられているのではないかと嫌な想像を働かせる。けれども怒っている様子もなく、邪険にされたわけではない。  まるで感情がわからないのだ。  その後、自分の夕食の材料を買って帰ってきた夫。まだ引きずっているようだ。  作ってあるからと誘うと、なにも言わずに食事をしたが自分の食器だけを片付け、夫は先に部屋に行ってしまった。  相変わらず落ち込んでいるのか、それとも怒っているのかもわからない。もう少し様子を見てみようと、その日は布団に入ったのだった。
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