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「あ、おーい、ゆうこりん、こっちこっち」
電話から約1時間後。
アタシが居酒屋“呑み助”の暖簾をくぐると、それに気づいたスミレが小上がりの座敷から手を振って手招きをした。
アタシは笑顔が引き攣りるのを必死で抑えてながら、その座敷に向かう。そしてそれと同時に、横目でさりげなく晃樹の位置を探る。
姿が見えないと思ったら、どうやら晃樹は本格的に酔い潰れたのか、座敷の端っこの畳の上に座布団を丸めて枕にして、寝ていた。
アタシは晃樹のその姿が一切視界に入っていない風に装いながら、意識的に対角線上の一番遠い席に腰を下ろした。
「ゆうこりん、ゴメンね。せっかくきてもらったのに、晃樹のアホ、待ち切れずに寝ちゃったよ」
「あ、そうなんだー。
あ、アレ?もしかしてあそこに寝転んでるの晃樹なの?アザラシが寝てるのかと思ったよ」
アタシは“晃樹にはもう関心なんて無いよ”とばかりに、今気づいた的なリアクションを取る。
だけど、それが痛々しいほど棒読みの演技だったらしく、女性陣から一斉に哀れみの視線を頂戴してしまった。
「てかさ、そんなイタイ芝居はいいからさ。
ちゃんと晃樹との件、顛末を報告しなさいよ」
そう言いながら、少し怒ったような表情をしたスミレが、アタシの分の生中を手に隣の席に移動してきた。
スミレはグループの中でもアネゴ肌の中心的存在。今はどこかの女子高で英語の先生をしているはずだ。
「アンタが言う、“恋人ユニットからの卒業”やら、“方向性の違いによる発展的解消”って、どーゆーことよ。
そんな遠回しなこと言ってるけど、晃樹と別れたってことでしょ?」
「あ…、うぅ…、別れたと言いますか…、友人関係に戻ったと言いますか…」
アタシはゴニョゴニョと口籠る。
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