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エピソード1
華やかな街灯で彩られる新宿では、今夜も騒がしい声が絶えなかった。
しかし、そんな街も、ポツポツと雨が降り出すのと同時に、一つまた一つと静けさを帯びていく。
「純喫茶『キキキ』、準備中」
お店の入り口にある木の札がカラカラと音をたてひっくり返ったかと思うと、勢いよく「カランコロン」とお店のドアが開かれた。
「マスター、表の看板下げてきました!扉の札もばっちりっす!」
静まっていた木造の店内に似つかわしくない大声が広がる。
「こら、まだお客さんがいらっしゃるでしょ。そういうことは、小さい声で言いなさい。」
「あ、すみません。」
バイト君が慌てて頭を下げる。と同時に、マスターもバイト君の無作法を詫びる。
「気にしないでください…こちらこそ、閉店間際にごめんなさいね。」
カウンターに座っていた女性は、申し訳なさそうにほほ笑んだ。
「いいえ、急に降り出しましたし、お店を閉める前でよかったです。」
「いや、ほんと、助かりました。せっかくですし、コーヒーを一つ頂けますか?ホットで。」
「かしこまりました。」
再び、落ち着いた空間が流れる…かと思いきや、またもバイト君が口を開く。
「そういえば、マスター!お店の外にすごくかわいい猫がいたんすよ。雨宿りしてたみたいで…、あ、もしかしてこのお店の飼い猫っすか??」
「そんなわけないじゃない、ここ、普通の飲食店よ?それに、飼い猫だったとしたら、雨の中、外に出すわけないでしょ。」
「あ、そっか。」
二人のやり取りに、たまらず女性がふふっと笑う。
「すみません、うるさくしてしまって。」
お待たせしましたと、コーヒーを出しながらマスターが謝る。
「いえいえ…ところで、その猫は何色だったのかしら?」
「え、、三毛猫でしたけど…」
「そう。」
不思議そうな顔をしたバイト君の答えに、女性は寂しそうな顔を見せる。
「猫。お好きなんですか?」
店裏の掃除を命じられたバイト君に代わり、マスターが尋ねると、
「いや、そういうわけじゃないんですけど…、猫って聞いて、ずっと昔に出会った黒猫のことをふっと思い出したんです。」
「へえ、何か思い出深いことでもあったんですか?」
「うーん…、確かに子供心には忘れられない出来事でしたね。」
コーヒーを一口飲んだ女性が苦笑した。店内の灯りに照らされ、グラスがきらりと光る。
「よろしければ、そのお話聞かせてくださいませんか?」
含みのある笑みを浮かべたマスターの申し出に、女性は、
「え…、特に面白くもなんともない話ですよ?」
「まあまあ、そんなこと言わず、雨もまだ降っていますし。」
マスターが指さす格子窓の奥では、街灯がおぼろげに揺れている。対照的に、バイト君が外に出ていった店内でも、明るい電灯は二人を照らす。
「ん~、そうおっしゃってくださるなら、お言葉に甘えて語らせていただきますね。」
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