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あれは忘れもしない、大学受験を控えた高3の秋。同じ中学、同じ高校でなんとなく行き帰りが一緒で、その日も軽口を叩いて家の前で別れた。そのまま遥は隣の家に入っていき、俺は玄関のドアを開け――。
そこでいつもと違う光景に出くわした。
「うおっ!」
目の前に桜がいた。奥から走ってきたらしい。
「ねぇ、今の誰!?」
「はぁ? 遥だけど。」
「うそっ」
外に走り出た桜は、遥の家の方を見て固まっている。目の端で遥の整った横顔が一瞬見え、すぐドアが閉まった。状況を見るに、帰宅する俺たちの姿を2階から見ていたらしい。
そういえば中高一貫、全寮制の桜は遥と顔を合わせる機会が滅多になかったっけ。たまに帰ってきても今度は遥が強豪バレー部の朝練夜練土日練、おまけに自主練をしてた上、退部してからは塾に通いだして……さっきのが久々の(一方的な)再会だったのだろう。
どおりであんなに驚いてたわけだ、と俺は1人納得した。
そして、振り返った桜は……顔が真っ赤になっていた。なんだか動きもモジモジしていて俺は面食らう。
「どうした」
「……遥さん、あんなに背が高かったっけ」
「高校で身長20cm伸びたって言ってたなぁ」
「へぇ……」
妹はそれから不自然に黙り込んで何か考えているようだった。
その日の夜は普段通り家族で食卓を囲んだ。
「――じゃあ遥さんと英兄、同じ大学志望なんだ」
桜の目が心なしかキラリ、と光った気がした。
「そうなのよー。お母さんとしては英ちゃんの一人暮らしが心配だから、いっそ一緒に住んでくれればいいのにって思ってるんだけど」
「俺はよくてもアイツが嫌だろ」
「まあ受かってからの話だからな。英人、勉強がんばれよ」
「うぃー」
そんなこんなで風呂に入り……自室に戻ると違和感があった。俺は急いでクローゼット内の箱を開ける。
箱は空っぽだった。
「嘘だろ?!」
俺は慌てて中のものを探し始める。
その時、カチャ……と音がして桜が入ってきた。
「勝手に入ってくんなよ」
「ねぇ英兄、お願いがあるんだけど」
「なんだよ今忙しいんだけど」
引き続き捜索に戻ろうとした俺の目の前が突然遮られる。
「なっ! お前……」
慌てて手を伸ばす。探していたそれは、簡単に俺の視界から姿を消し――振り向くと桜がまるで扇のように広げていた。
そのままにっこりと微笑む。可愛いけど、どこか裏がありそうな笑みだ。
そして、その予感は当たる。
「英兄。こういう趣味だって友達にバラされたくなければ、私のお願い聞いてくれない?」
俺が探していて、今は桜の手の内にあるそれは……漫画だった。
それも、いわゆる女子と女子の恋愛もの、つまりは百合漫画だ。
俺が百合漫画をこよなく愛する、言ってみれば百合男子だと、バレた瞬間だった。
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