穴の中のネコ

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 (あつし)美樹(みき)は、朝食後のちょっとした散策でその穴を見つけた。 「何か聞こえた?」  美樹が足を止めたので、手をつないでいた篤も立ち止まる。木々に囲まれた遊歩道で耳をすませると、こずえのざわめきや鳥のさえずりに混じって、再びそれが聞こえた。甲高く、どこか内にこもるような鳴き声である。 「ネコがいるね」 「どこだろ」  動物好きの美樹が辺りを見回す。篤は遊歩道の柵によりかかり、山の斜面を見下ろした。落ち葉や枯れ枝におおわれた表面の一角に、黒い穴のようなものが見える。篤が目を凝らしていると、再び鳴き声が聞こえた。 「あそこみたいだ。ちょっと見てくる」 「え、危ないよ」  篤はさほど高くない柵を乗り越え、中腰で斜面を下り始めた。旅先で気持ちが大きくなっており、また恋人にいいところを見せたいという気持ちもある。  近くで見ると、それは穴というより偶然にできた地面の裂け目のようだった。中は真っ暗で、すぐ先も見通すことができない。 「その中なの?」  後を追って、美樹も斜面を下りてきた。ふらつきながら篤の肩につかまると、そばにしゃがんで穴の中をのぞきこむ。 「真っ暗だね。ほんとにいるのかな」  そのとたん、まるで返事するようにネコが鳴いた。地の底から湧き出た声に、二人は思わず腰を浮かせた。 「これ、ネコの巣?」 「違うだろ。だいたい、動物はこんな縦穴は掘らない」 「じゃあ、落ちちゃったってこと」  美樹は顔をくもらせた。 「ねえ篤、どうしよう」 「好きで入ってるのかもよ」 「でも、出られなくなってるとしたら?」 「うーん。じゃ、明日も来てみるか。そのときネコがまだいれば、考えよう」  篤の提案に、美樹もうなずく。意見がまとまった二人は遊歩道に戻りはじめた。その背中を追いかけるように、ネコがまたひと声鳴いた。
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