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篤と美樹は、夏の連休を利用して山間の避暑地に遊びに来ている。到着直後は大型バスで乗り付ける同類の多さにへきえきしたが、裏手に山をいただくコテージ風の宿舎の周りは人も少なく、すぐに二人の気に入った。
ネコのいる穴を見つけた日、二人は周囲の自然と地元グルメを大いに満喫した。そして翌朝、朝露に濡れた野草を踏みしだいて再び山の遊歩道に入った。
「この辺だよね」
昨日の穴はすぐに見つかった。しばらく柵ごしに見ていたが鳴き声がしないので、二人は柵を越えて穴に近づいた。
「静かだね」
「もう外に出たのかも」
篤の言葉は、喉を引き絞るような鳴き声に遮られた。穴の上に屈んでいた篤はあわてて顔を上げた。
「どうしよう、やっぱり出られないんだ」
美樹が不安げな顔になる。篤はパンツのポケットからマグライトを取り出した。スイッチを入れ、青白い光を穴の中に差し込む。土の壁面が照らし出されるが、ネコの姿は見えなかった。
「けっこう深いな」
篤はマグライトを持つ手を、手首まで穴に突っ込んだ。噛まれるかも、という懸念が頭をかすめる。だが、どれだけ奥を照らそうとしても、ネコの姿も穴の底もとらえられなかった。
しばらく捜索した後、篤は手を引き上げた。マグライトを受け取った美樹が同じように穴の中を確認するが、結果は変わらない。その間、ネコは何度も鳴き声を上げてその存在を主張していた。
「こんなに深いなんて。穴の中でケガしてるんじゃない?」
マグライトを返した美樹は、泣き声になっている。篤は美樹の肩をさすってやった。
「誰か人を呼んでこよう。管理人さんとか」
二人の訴えに対し、コテージの管理人はあまり良い顔をしなかった。
「そう言われてもねえ。遊歩道はうちの管轄じゃないんで」
「でも、このままじゃあのネコ、出られなくて死んじゃうかもしれないですよ」
「それはもう、野生のことだから。誰かの飼いネコならまだしもねえ」
渋る管理人は、敷地内に入って来た大型のバンを見てあからさまにほっとした顔になった。
「すみません、受付をしないと。もう少し様子をみたらどうですかね」
そう言い残してきびすを返す管理人の背に、美樹はつぶやいた。
「ひどい……」
「自分のことしか考えてないんだよ」
篤は、美樹の手をぎゅっと握った。こうなったら、自分たちで助けるよりほかはない。
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