穴の中のネコ

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 管理室の物置には、掃除用具や園芸用具、ブルーシート、カラーコーン、ロープなど雑多なものが詰め込まれている。二人はスコップとロープを借りて遊歩道に引き返した。 「今日はもう、どこにも行けないな」 「いいよ。命がかかってるもの」  穴に戻ると、待ってましたといわんばかりにネコが鳴いた。だが今朝と比べると少し元気がないように聞こえる。 「早く助けないと」  美樹の提案で、まずはロープを垂らしてみることになった。ネコがしがみついて、引き上げられないかという算段だ。 「こういう絵本があったよね。穴に落ちた動物を助けるの」  行動を起こすことで、美樹は元気を取り戻していた。美樹に穴の中を照らしてもらいながら、篤はどんどんロープを繰り出す。ロープごしに何かの手応えを感じるたびに手を止めて反応をうかがうが、壁面の凹凸や木の根に引っかかるばかりで生き物の気配は感じられなかった。それどころか、いつまでたっても穴の底に到達する感触さえない。  ロープ作戦は空振りだった。篤がため息をつくと、ネコが鳴いた。徒労の後では、まるであざ笑われているようにも聞こえる。 「ロープを見ててくれよ。穴を広げるから」  篤はロープを美樹に手渡すと、スコップを持って立ち上がった。表面のもろい土や枯れ葉を取り除くと、固く締まった粘土質の土が現れた。その土を削りつつ、穴の中に土を落とさないよう気も使わなければならない。篤はいつの間にか汗だくになっていた。  しばらく奮闘していると、遊歩道の方が騒がしくなってきた。 「何してるんだろう」 「なんか埋めてるんじゃね」  顔を上げると、大学生らしい若者のグループが柵ごしに見下ろしている。 「おねーさんたち、何してるんですかー」 「ここにネコがいるんです。助けようと思って」  美樹が立ち上がって答えると、若者たちは「ネコ、まじで?」「やばっ」「がんばってくださーい」と勝手なことを言いながら去っていった。彼らの目に自分たちがどのように映っているかと思うと、篤は耳が熱くなった。  美樹が再びしゃがみこんで、ロープを上げ下げする。 「ネコを助けたら、明日はお蕎麦を食べにいこうよ」 「筋肉痛になってなければな」  思わずきつい調子の声が出た。美樹が顔を上げると篤は視線をそらし、穴をにらみながらスコップを動かした。
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