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正午になると、二人は穴を広げる手を止めて昼食をとった。穴の近くでは食べたくないという篤の主張で近くの河原に移動する。河原は、バーベキューを楽しむ家族連れや若者のグループでにぎやかだった。二人は川沿いに点在する大きな岩の一つに座ると、用意していたサンドイッチを頬張った。吹きわたる風が気持ちいい。
川の上流にはログキャビン風のカフェが見える。時間があったら行きたいね、と話していたのだが、行く暇はないなと篤は思った。昼食の間、二人の会話はほとんどなかった。
穴に戻ると、ネコが今度は続けざまに鳴き出した。はじめは哀れをさそわれたその声に、篤はだんだんと苛立ちを感じるようになっていた。
「スコップ、私がやろうか」
「いいよ、おれの方が早い」
再びスコップを握ると、肩や二の腕がぎしぎしと痛む。篤はスコップのへりに足をかけ、思い切り踏み込んだ。土の塊がいくつか穴の中に転げ落ちていったが、もうあまり気にしなかった。
「一日中やってたんですか」
日暮れどきに戻ってきた二人を見て、管理人は呆れ顔になった。
「泥はちゃんと落としてくださいよ。ロープもだいぶ汚しましたね」
部屋に戻る頃には、篤は立ち上がるのが億劫なほど疲れはてていた。
「夕食、どうする?」
「どうでもいい。だるい」
「……じゃあ、買ってくるね」
美樹が出て行くと、篤は低い声でうなった。穴はかなりの深さまで広げたものの、結局ネコは見つからなかったのだ。自発的に始めたことだが、何も成果がなく、さらに周りの人間から奇異の目で見られたことを思うと、腹立たしさと恥の気持ちが湧き起こった。
早くも筋肉痛が始まった体を叱咤してシャワーを浴び、ソファに寝転んでいると美樹が戻ってきた。近所の売店で買ってきたらしい惣菜が入ったビニル袋を見て、さらにいらいらが募る。口コミサイトで目をつけていたレストランに行くはずだったのに。
「ねえ篤、明日はどうする?」
「……湿地に行かないか。楽しみにしてたろ」
「ネコはどうするの?」
美樹は何の気なしに言ったのだろうが、篤は自分の冷淡さを責められた気がした。こみ上げてきた怒りを抑え、ぶっきらぼうに言う。
「それはわかってる。でも、せっかく来たんだから」
「……うん。そうだね」
美樹が総菜を紙皿に取り分ける。その手元を見ながら、篤は穴の中のネコに対して憎しみすら感じ始めていた。
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