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次の日は、朝からしとしとと雨が降っていた。
「あのネコ、大丈夫かな」
「これくらいなら平気だろ」
二人はかねてより計画していた湿地散策に出かけたが、段々強くなってきた雨に耐えきれず、昼過ぎにはコテージに戻った。そのころには、雨は少し先も見通せないほどの勢いとなっていた。
「穴に水が入らないかな」
窓の外を眺めながら、美樹がつぶやく。
「水が溜まれば、浮かんでくるかもよ」
ちゃかすように言うと、非難のまなざしを向けられた。篤はテレビの電源を入れた。外国のどこかの町が燃えている。電源を切った。
「篤、冷たいよ……どうしちゃったの?」
「別にどうもしてないよ」
篤はそう言うと、寝室に入って扉を閉めた。マメのできた手でスマホを取り出し、適当に操作する。
ニュースアプリの先頭に、気象情報のテロップが表示されていた。大雨洪水警報。いっそのこと、ここに閉じ込められるのもいいな。篤は思った。そうすれば、残りの数日をネコ助けに費やすかどうかで美樹と言い争う必要もなくなる。
そのとき、篤の耳に聞きなれた鳴き声が飛び込んできた。
篤はぎくりとして顔を上げた。幻聴だろうか? そうに違いない。もしネコが穴から脱出していたとしても、このたたきつけるような雨音の中で聞こえるはずがない。
「今の聞いた?」
寝室の扉が開き、美樹が入ってきた。顔が真っ青になっている。
「あのネコが助けを呼んでる」
「そんなばかな。それに、声がしたならもうあの穴にはいないんだろ」
「私、行ってくる。せめて雨避けを作らないと」
「この雨で? やめろよ」
「ほっといてよ、一人で行くから!」
叫ぶと、美樹は部屋を飛び出していった。追いかけようとして、篤は足を止めた。大雨の中、美樹と言い争うなんて冗談じゃない。好きにさせておけ。
寝室を出ると、冷蔵庫からビールを取り出して飲んだ。自分は別に悪人じゃない。ただ聖人でもないだけで。誰だって、他人が理不尽な目にあっていれば助けてあげたいと思うものだ。だが、その気持ちは永遠には続かない。人間は、他人の不幸にすら慣れてしまうからだ。美樹だって、そのうち引き際に気づくはず。
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