穴の中のネコ

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 アルコールと絶え間ない雨音が思考の邪魔をする。いつの間にかソファで眠りかけていた篤は、ふと体を揺さぶられる感覚に目を開けた。 「美樹?」  周りには誰もいない。揺れているのはコテージそのものだった。雨音に混じって、重苦しい雷のような音が断続的に聞こえてくる。  その音が一段と高まったと思うと、建物の背後、山の方から何かが引き裂かれるようなものすごい音がした。廊下から誰かの悲鳴が聞こえる。篤はなすすべもなくソファにしがみついた。音と揺れが最大まで高まった瞬間、照明が消えた。  翌朝、すっかり晴れた青空の下、篤は大規模な土砂崩れにより形の変わった山を眺めていた。背後では九死に一生を得た宿泊客たちが我先にと車に荷物を積みこみ、コテージを後にしている。  美樹は戻ってこなかった。管理人の話では、管理室にブルーシートを借りに来て、止めるのも聞かずに山に入って行ったという。 「すごい雨でしたし、すぐに諦めて戻ってくると思ったんです」  青くなって釈明する管理人に、篤は何も言えなかった。  土砂崩れで潰れてしまった遊歩道は閉鎖され、立ち入りが禁止されている。呆然と見ていると、木々の間を下ってくる小さな影があった。  一匹のネコである。身体中に泥がこびりつき、後ろ足の一本をひきずっているものの、足取りは軽く、表情は満足げですらあった。  篤はその場に立ちつくし、ネコを見つめた。視線に気づいたネコは、篤の方を向くと口をかぱっと開けて鳴いた。 「にゃーお」  そしてどこかへ走り去った。
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