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金色
太陽が真上を回った頃、カースは村を出て少し行ったところの、街道を見下ろせる場所にいた。
村の方から、鳥に跨った勇者一行が出てきたのが小さく小さく見えている。
まだこの辺りを通りかかるまでには、もうしばらくかかるだろう。
男は、まだ雪を葉の上に残している木へ、慎重に背を預ける。
雪は、全部降ってきたところで死ぬほどの量ではなさそうだが、進んでかぶるつもりもない。
悴む手を擦り合わせようにも相手がないので、短く残った右腕を左手で擦った。
はぁ。と吐く息が白く揺らめいて消える。
足元でキラキラと日差しを反射する雪に、昨夜の青年の横顔が過ぎる。
金色の瞳を輝かせて、淡い金髪を夜風に靡かせて、リンデルは嬉しそうな顔で光の粒を眺めていた。
この横顔をいつまでも見ていたいと、そう思った。
……あんな顔がまた見られるなら、来年も寒空の下、夜を過ごしたっていいだろう。
俺も、最初の何年かはあの光に感動したりもしたが、そのうちに慣れてしまって、最近は会場に行くこともなかった。
そう思ってから、少し違うことに気付く。
もしあの男がまだ元気だったなら、きっと今も、毎年祭りに顔を出し、焼き饅頭でも買って帰っていたのだろう。
俺が、そんなに食うと体に障るぞ。と言って。あの男は、全く耳を貸さずに笑いながら饅頭を食ったんだろう。
ぽた。と足元へ、葉に積もった雪が溶けたのか、水滴が降った。
いつの間にか俯いていた顔を上げれば、リンデル達の乗る鳥の列がもうすぐそこまで来ていた。
リンデルは俺に気付くだろうか。
そう思った途端、先頭の青年が顔を上げる。
金色の青年は、俺と目が合った途端、破顔した。
「おいおい……勇者隊の隊長ともあろう奴が、部下の前でそんな無防備な顔していいのかよ……」
思わず呟く。
男の場所から街道までは、高さもあれば距離もある。
今のところ他の奴らが気付いた様子はなさそうだ。
村では見送りのやつがわんさといただろう。
そんな中でこんな顔をさせてはマズイと、男はわざわざ村を出たところで待っていたのだが、それは良かったのか、それとも……。
きっと村の中じゃ、俺を見つけてもグッと我慢したんだろう。とも思う。
結局、俺が笑顔を見たかっただけなんじゃねぇか。と男はやっと気付いて、自身の情けなさに自嘲を浮かべる。
リンデルはそんな男を見ると、周囲を視線だけで確認し、もう一度顔を上げた。
金色の瞳で男をしっかり捕らえると、ふわりと微笑みウインクを送った。
大好きだよと、愛してるよと、囁くように。
「っ!!」
男が手の甲で口元を押さえるのを見て、リンデルは満足そうに微笑む。
あの仕草だけで、カースが声を漏らしそうなほどに自分を感じてくれたのだと、リンデルには十分に伝わった。
たとえ男に、伝える気がなくとも。
斜め後ろに控えていたロッソが、主人の口元に浮かんだ笑みに気付いて視線を辿る。
そこには、木の影に隠れるようにして、男が佇んでいた。
「ありがとうございます」とロッソが唇で伝えると、男は精一杯表情を引き締めて「リンデルを頼む」と返した。
それに頷きで返す従者がどことなく淋しそうに見えて、カースは付け足す。
「ロッソも、無理するなよ」と。
途端、顔色こそ変えないものの、従者がピンと背筋を伸ばす。
元気が出たようでよかったと男が思う頃には、勇者達は目の前を通り過ぎ、後を隊員達が続いてゆく。
それを横目に、男はそっと木の裏へ回った。
まだ瞼には、あの青年の瞬きがくっきりと鮮やかに残っている。
どうしようもなく、目を閉じる。
が、それは逆効果だった。
真っ白な雪に照り返されて、キラキラと輝く金色の柔らかな微笑みが、男の耳元でそっと愛を囁く。
「……っ!」
男は、耳まで真っ赤に染まった頭を抱えてしゃがみ込む。
もう去ってしまったのに。
次はいつ会えるともわからないのに。
こんなに心を奪われたままで、俺は一体どうしたらいいのか。
「……ああくそ…………いっそ、ひと思いに殺してくれよ……」
男は雪の中、手渡された愛を腕いっぱいに抱え込んで、途方に暮れる。
「……リンデル……」
縋るように名を呼ぶと、男の胸で金色の青年が鮮やかに笑った。
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