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悲しみ
リンデルは「明け方までに帰れば大丈夫だから」と、食後も男の家に残った。
諸々を済ませ、男の寝室に案内された時、リンデルは男の背後でほんの一瞬眉を顰めた。
やはり、そこには一人で寝るには大きすぎる寝台が、一つだけあった。
男は初め、リンデルを宿に戻そうとしていた。
今までも、男の村にリンデル率いる勇者隊が駐屯することはあったが、宿や、テントを手配するロッソが勇者の部屋だけをうまく他隊員から離してくれていた。
そのため、カースはいつもそちらへ出向いていたのだが、今回は違った。
村の祭りの主賓として呼ばれた勇者達の部屋は、全て村の者が手配をしていたし、部屋割りも、隊員同士ならともかく勇者に関しては変更できそうになかった。
しかし、
「次いつ会えるか分からないから……、もう少しだけ、カースの側にいたい……」
と懇願するリンデルを無下にすることは、男にはどうしてもできなかった。
「俺は暖炉の前で十分だよ」
と微笑むリンデルを、カースは渋々寝室へと案内した。
こう寒くては、火が弱った隙に凍えてしまうかも知れない。
けれど、この寝室に青年を入れることに、男は若干の抵抗があった。
リンデルは勘がいい。
何か……あの男の残した影を、見つけてしまうかも知れない。
この部屋には、あの男が残した煙管が一つだけ、引き出しに入っている。
が、それを見られないとしても、リンデルのことだ。何か勘づいてしまったとしても、おかしくはない。
そんな焦りが男から滲む。
この部屋の何よりも、あの男の影が濃く残っているのは自分自身だという事に、カースはまだ気付けなかった。
「カースの家は、どこもかしこも綺麗にしてるね」
いつの間にか俯いていた顔を上げると、リンデルが男の寝台に寝転んでいた。
「カースも、こっちに来て……?」
腕を伸ばされ、男がその手を取る。
その時やっと、カースはこのベッドが一人で寝るには大きすぎるサイズだったことを思い出す。
リンデルは、何か思っただろうか。
恐る恐るその目を見ると、金色の瞳はゆっくりと妖艶に瞬いた。
「カース。俺と、えっちなこと……、しよ?」
「あ、ああ……」
何も言われなかったことに、男がホッとしようとして、思い止まる。
何も言われないのは、気付いてないからじゃなく、もう、既に、リンデルは全て分かってるんじゃないか?
だから敢えて……、何も言わないんじゃないのか……?
ゾクリと背筋に寒気を覚えて、男が身を震わせる。
「……カース?」
リンデルは、男を胸に抱き、その黒髪を優しく撫でた。
「どうしたの? ……震えてるの?」
尋ねながら、リンデルは括られた黒髪を手に取って、口付ける。
カースの顔色が少し青ざめていることに気付くと、心配そうに眉を寄せた。
「寒い……? 風邪でもひいちゃったかな。熱は……」
と、男の額に自身の額を寄せる。コツンとくっ付けてしばらく目を閉じた後、
「今のとこ無さそうだね」
と呟き、男の頬に、虚ろな瞼に、口付けを降らせる。
「カース、どうかしたの?」
「……いや、何でも……な………いや、その……」
はっきりしない男に、リンデルは首を傾げる。
しかし、その心中は穏やかではなかった。
この男の心が、今、ここにはない。
それがどうしても耐えられず、リンデルは、縋るようにその唇に口付けた。
「ん……っ」
男が、目を見開いてリンデルを見る。
自分を見てもらえたことに安堵しながら、リンデルは男の中へと舌を入れる。
男が、求めに応じるように口を開く。
カースの頭を抱き寄せて、その中へと、深く侵入する。
どうかこのまま……。
リンデルは祈る。
カースの中を、俺だけで埋め尽くしていられますように。と。
息が詰まりそうなほど深い口付けに、青ざめていた男の頬がほのかに染まる。
繰り返し繰り返し、浅く、深く、唇を交わすと、リンデルの頬にも、じわりと赤みが差してきた。
重ねた唇はそのままに、リンデルが手探りで男を愛撫する。
服の上からでも、胸の突起が分かるようになると、金色の青年はそれを懸命に撫でた。
一瞬でも手を止めてしまうと、腕の中の男がまた、別の人の事を考えてしまいそうで……。
「……っ、ん……」
口の中に小さく漏れる男の声に、リンデルは頭がじんと痺れるような感覚を覚える。
カースが体を支えず済むように、優しくベッドへと押し倒す。
木製のベッドが、ぎしり。と軋んだ。
その音に、カースが一瞬肩を揺らす。
カースにとって、この音は聞き慣れた音だった。
あの男がまだ元気だった頃は、このベッドで、あいつが果てるまで、毎夜のように嬲られた。
もう、思い出したくもないのに。
今も、この音を聞くと、耳元であいつの囁く声が聞こえる気がした。
あいつは痛みを与える度、愛を囁いた。
傷を刻む度、愛していると繰り返した。
いつだって自分勝手に俺を組み敷き、気の向くままに殴りつける癖に。
俺が壊れることを、あいつは何よりも怖がっていた……。
「カース……?」
リンデルの声に、カースがびくりと体を強張らせる。
一瞬、あいつに呼ばれたのかと思った。
あいつの声は、リンデルより、もっとずっと低くて潰れた声なのに……。
気付けば、男は帯を解かれ、胸元を露わにさせられていた。
足元に居たリンデルがずるりと男の下着を下ろすと、現れたそれに長い指を絡める。
青年の両手に包まれ、ゆっくりと、大事そうに扱かれて、男はようやくリンデルを見た。
そして驚いた。
金色の青年は、まるで今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「リン、デル……?」
「カースっ」
青年が、ぎゅっと男の胸にしがみつく。
「やっと、俺を、呼んでくれた……」
顔を擦り付けられて、ようやく男は目の前の青年を置いてけぼりにしていた事を知る。
「あ……ああ。すまない、俺は……」
ふっと、男の空と森の色が陰る。
リンデルは、また男を攫われるのが耐えられず、縋った。
「カース、俺を見て。お願い、カース……」
力強く唇を吸われて、男が心を揺らす。
自分を必死で求めてくれる、この青年を悲しませるつもりなんてなかった。
なのにどうしてか、今日に限って、あの男の影が離れない。
あの茶色がかった黒髪が。
焦げ茶の瞳が。
今も、俺の側にいた。
ぽたりと頬に温かいものが降って、男は目の前の青年が涙を零したのだと気付く。
「リンデル……、泣かないでくれ……」
青年の涙を指の腹で拭って、男はその伏せられた瞼に口付ける。
ぎゅっと口を一文字に引き締めて、眉間に皺を深く刻んだ青年の顔には、悲しみよりも悔しさの方が強く滲んでいた。
青年が、震える唇で尋ねる。
「俺じゃない人の事、考えてたんだね……」
「……そんな事は……」
「っ、言いたくないなら、もっと、ちゃんと、隠してよ……」
青年の言葉の端が掠れて消えると、男の上に、ポタポタと雫が降り注ぐ。
「リンデル……」
男は、青年の頭を抱き寄せると、その頬へ、耳へ、首筋へと慰めるように口付ける。
小さく肩を震わせた青年の服を捲ると、短い方の腕で押さえて、胸へも口付ける。
青年は、時折息を漏らしながらも、男の体を気遣ってか、男の上から足を下ろすとその隣へと横たわった。
ぎしり。と音が鳴り、男の表情が一瞬歪む。
リンデルが、男を奪われまいとその唇を塞いだ。
「んっ……カース……」
口の中で囁かれ、カースがその侵入を受け入れる。
ぎゅうっと男の頭にしがみついてくる青年のズボンを、男は片腕で緩めると、じわりとずらした。
「ふ……んぅ……」
夢中で唇を重ねる青年が、息苦しげに声を漏らす。
下着越しにも立ち上がっていると分かるモノをひと撫ですると、青年の腰がびくりと浮いた。
「ンンッ」
そんな反応を愛しく思いながら、男は後ろ側へと手を伸ばす。
男が触れやすいようにと青年が腰を寄せると、下着越しに、男のそれと青年のそれが触れ合った。
「ンッ……」
小さく肩を揺らす青年に、男は目を細める。
青年の下着を下ろすと、飛び出したそれがまた男のものに重なる。
「ッ……」
衝撃に跳ねるように、慌てて唇を離した青年は、真っ赤な顔をしていた。
「どうした?」
空色と森色の瞳がまっすぐ自分を見ている事に、リンデルは心躍る。
「カース……」
「どうかしたか?」
男に尋ねられて、リンデルは恥ずかし気に俯いた。
「だ……だって、カースの、が、俺のに当たって……」
その耳までもが赤く染まる。
そういえば、あの頃未精通だったリンデルには、こんなことは初めてだったのかも知れないな。と男は思いながら、自分と青年のものを合わせて扱き始めた。
「あ、あっ。ん……っ、カース……っ」
「なんだ?」
「は、恥ずかしい、よ……」
金色の瞳を隠すように、伏せられた睫毛が震えている。
「何が恥ずかしいんだ、お前は。俺を平気で誘う癖に……」
呆れたように返しながらも、男は青年のその新鮮な反応を楽しんでいた。
ゆるゆると扱いていると、次第にどちらのものか分からない汁でぬるぬると滑り始める。
「ん……ぅ……んん……」
水音が聞こえだすと、リンデルの堪えるような熱い息が男の肩へかかるようになる。
「ふ……、う……、っう……ん、ぁ」
くびれ同士を重ねて、その溝をくるりと撫でると、ビクビクと青年の肩が揺れる。
「あ……っ、やぁ……んっ……」
もじもじと何かを我慢するように、青年が身じろぎをする。
男にはリンデルの欲しがっているものが分かっていたが、残念ながら男の手は一つしかない。気付かないフリをしてさらにその手を早めた。
「ふ……、ぅ……、んん、んんぅ……っ」
ぎゅっと男の服を掴んでいた青年の手に力が篭る。
そろそろ限界だろうか。と男は少し残念に思う。
「ぅ、あ……。ん……やだ、カース……ぅ」
切実そうに、滲んだ瞳で見つめられて、男は求めに応じる。
後ろへと手を回すと、青年のそこはすでにヒクヒクと震えて熱を持っていた。
「入れるぞ」
告げて、既に二人の体液でドロドロになった指を、ゆっくりと挿し入れる。
季節のせいか、いつもより冷たく感じる指にヒヤリと体温を奪われて、リンデルは身震いと共に息を吐いた。
「は……っ、あ……」
青年が、男の肩に顔を埋める。
「相変わらず、キツイな……」
日々重たい甲冑を支え、剣を振るう筋肉がぎゅっと詰まった体は、一見ごつごつとはしていない割に重く、その中までもが引き締まっていた。
何とかゆるゆると動かせる程度に解し、二本目を添える。
「ふ、う……っぅうん……っ」
ずぶずぶと内壁を押し広げて、二本目が根元まで入る。
緩やかに動かすと、青年から可愛らしい声が漏れる。
「んっ、あっ、あっ、ああっ」
それに合わせるように男が腰を揺らすと、二人のモノがぬるりと擦り合わさる。
「んぅっ、はっ、ああんっ」
うっとりと目を細めて、快感に囚われる金色の青年を、男が上気した眼差しで見つめる。
髪と同じ金色の眉が切なげに寄せられて、滲んだ瞳の瞳孔は開きかかっている。
長すぎず整えられた金色の髪は、男の指が動く度にゆらゆらと揺れて、そんな艶めかしい青年の表情を彩っていた。
三本目をそっと当てがうと、入り口が期待に震えている。
求めに応じるように、男は中へと三本目を這わせた。
「は……ぁう……ううん……っっん」
金色の瞳を包む細い金のまつ毛が、悦びに震えている。
三本の指で青年の中を優しくかき混ぜると、その度愛らしい声が零れた。
「んんっ、ああっ、あっ、んっ、ああんっ」
グチュリと音を立て奥まで指を突き立てると、青年の体がびくりと跳ねる。
「ああああっ!」
青年が、縋り付くように、両手で男の肩を掴む。
「や、気持ち、い……っふあっ、ん、……カースっ、あっ、お願……んんんっ」
追い詰められてきた青年に、潤んだ瞳でねだられて、男は指をずるりと引き抜く。
「ぅあ……っ」
とろりと、半開きのリンデルの口端から唾液がこぼれる。
それをぺろりと舐め取って、男が尋ねた。
「入れてほしいのか?」
「ん……入れて……ほしい……」
金色の瞳が、期待に滲む。
「カースのを……。俺の、中に……入れて……お願い……」
待ちきれず、男に跨り、男のそれに手を伸ばしてくる青年に、男は口端を上げて応える。
ベッドの軋んだ音も、今は気にならなかった。
「力抜いとけよ」
「ん……」
リンデルは、甘く痺れた頭の隅で思う。
その言葉は……。
カースが……きっとゼフィアに言われた言葉なんだ……。
ずぶずぶと肉を割き、男のそれが入り込む。
それを迎え入れるように、青年も男の腹へと腰を落としてゆく。
「あ……っ、はぁっ……っあああっ」
切望していた男のそれが、自身に入っている。と、そう思うだけで、リンデルの頭の中は快感に埋め尽くされ、思考が途切れた。
「あったかいな……」
男は幸せそうに呟いて、下から突き上げ始める。
「あっ、あ、んんっ、あああんっ、あっあああっ」
リンデルの元々高い声が、さらに上がって鼻にかかったような甘い響きになる。
その声に誘われるように、男はさらに深く、強く突いてゆく。
「うぅ、ん、あっ、あああ、ああっ、んっ」
「リンデル……」
男に囁かれ、青年は熱の高まりを感じる。
「は、あっ、カース……、カース……っっ」
男は、まるで縋り付いてくるように自身をきゅうきゅうと締め付けてくるリンデルの内側に、背筋をのぼる熱を次々と感じる。
「ああ……、リンデル。お前は可愛いな……」
男の囁くような声にリンデルは、快感に押し潰され、ぎゅっと閉じてしまった金の瞳を、何とかじわりと開く。
空の色と、森の色は、今、愛しげに青年だけを見つめていた。
「……っ、カースっ、ああっ……、カー、ス……っっ」
嬉しさに、涙が込み上げる。
じんと熱くなった胸に呼応するように、下腹部へも熱が集う。
「ぅ、あ、……っあっ、イ、イキそ……う……っっ」
必死で堪えるような表情とともに告げられ、男が速度を上げる。
「あ、あっ、ああっ、あああっ、あっああんんんっっ」
ガクガクと膝が震えて、リンデルの瞳から涙が零れる。
「ああっ、はぁっ、うあっ、あっあああんっ、イイっ、気持ち、い、……っ」
涙声の訴えに、男が青年の腰をぐいと引き寄せる。
「あっあああっ、カースの、気持ち、いい……よぉっ、んっ……」
頬を赤く染めたカースの眉間に、皺が深く刻まれる。
「……俺もイクぞ」
「あああっ、きてっ、俺の、ナカっ、ああんっ、いっぱい、来て……っっ」
男が、激しく腰を突き動かすと、青年もそれに応えて腰を振る。
ずくんと痛いほどに大きくなった男のそれが、青年の中を満たす。
「あああああっ! おお、き……っ!」
それを、さらに男が奥まで突き立てる。
ミチミチと内側を広げられて、青年がビクビクと跳ねながら仰け反る。
「ぅぁあああああああああっっっっっ!!」
「……っ」
男の熱いものが中に注がれ始めると、呼応するように青年のそれも男の上に精を吐いた。
「……っあ、…………はぁ…………っふ……」
体がびくりと痙攣する度に、吐息と共に、声を漏らす青年。
溢れる快感を飲み込みきれずに大きく仰け反っていた青年は、涙と涎に濡れた顔に恍惚とした表情を浮かべている。
反対に、男は何かを堪えるように、顔を顰めて背を丸めていた。
しばらく、静まり返った室内に、二人の粗い呼吸が続く。
少し息が整ってきた男が、自身のそれを抜こうとすると、青年が縋りついた。
「あっ、や。待ってカース、抜かないで……」
しがみついてこようとする青年を、男が体の間に腕を入れて制する。
「……カース……?」
不安げに青年が尋ねる。
男は答えないままに、手探りで枕元にかけてあった手拭いを取ると、自身の腹から胸元にかかった青年の精液を拭き取った。
「来ていいぞ」
許可をもらって、リンデルが素直に男に抱きつく。
ぎしり。と耳元で鳴った音に、男が眉だけを顰める。
男はそれを思い出すまいと、青年の金髪をゆっくりと撫でた。
「カース……好き……大好き……」
男の首筋に顔を埋めて、青年が囁く。
「ああ、俺も………………」
『愛してる』と言いかけて、男はそれを飲み込んだ。
ここでだけは、それを口にしたくなかった。
まるで、あいつと同じになってしまいそうで、それだけは、どうしても嫌だと思った。
……俺は違う。
あいつのように、一方的に奪ってはいない。
埋め合わせのような言葉ではない。
リンデルは俺を求めてくれて、それで……。
「……っ、リンデル……」
掠れた声で囁かれて、青年は男の顔を覗き込む。
まるで、助けてくれと、言われたような気がした。
「カース……?」
その透き通る空のような瞳にも、深い森の瞳にも、抱えきれないほどの憂いが滲んでいる。
「……カース……悲しいの?」
「悲しい……?」
問われて、男は小さく繰り返す。
俺は、悲しいのだろうか。あいつが死んで。
居なくなればいいと思っていた奴が死んで、果たして悲しいものだろうか。
喜びこそすれ、悲しむ理由などどこにもないと思っていた。
拾われたことへの、生かされたことへの借りはあった。
けれどそれ以上に、いっそ殺してくれればよかったと、ずっと思っていた。
だから、悲しいなんてこと、思うはずが…………。
青年の長い指が男の頬に触れる。
「カース……」
そっと森色の目元を拭われて、熱い雫が青年の指を伝う。
つられて空色の瞳から溢れた雫を、青年は唇で拭った。
「ごめんね……」
金色の瞳を揺らして、青年は男の頭を胸元に抱き抱えた。
「……どうして、お前が謝る……」
「俺が、我儘言ったからだね……」
「それは違う。お前は何も悪くない。悪いのはーー」
青年が、胸元の男をぎゅうっと胸に押し付ける。
胸板に口を塞がれ、男の言葉は途切れた。
すっかり萎えた男の物がずるりと抜け落ち、青年がほんの僅かに肩を震わせた。
姿勢を変え青年が男の隣に横たわると、男は黙ったまま、溢れる体液を手にしていた手拭いで拭ってやる。
「……ねえ、ゼフィアは今、どこにいるの?」
リンデルの言葉に、男は動きを止めた。
金色の瞳が自分を見つめているだろう事は分かっていたが、男は視線を上げないまま答えた。
「土の下だ」
「そう、なんだ……」
リンデルがしょんぼりと肩を落とす気配に、男は何故だか焦った。
「悲しい、の、か……?」
思い切って顔を上げると、悲しみを浮かべた金色の視線が、やはり男を包み込む。
「うん……悲しいよ」
「あいつが死んで、お前が悲しむ必要がどこにある?
お前だって、あいつには酷い目に遭わされただろう!?」
「……でも俺は、お頭の事好きだったよ」
「……っ!!」
男が激しく動揺したのが、リンデルには分かった。
「カース……」
「…………そんなにも、簡単に……。お前は悲しめるんだな……」
「カースは、悲しめないの?」
「俺は…………」
それきり言葉を紡げなくなった男の頬を、青年が優しく撫でる。
「悲しい時に、悲しむのを我慢してたら、辛いよ……」
「俺は別に……悲しくなんか……」
しかし、そう呟く男の瞳からは、まだ静かに涙が溢れ続けている。
「ゼフィアは、いつ頃亡くなったの?」
「もう……五年も前の話だ……」
その言葉に、青年の胸がギリっと痛んだ。
五年前……。
俺と再会する少し前まで、カースはずっと、ゼフィアと一緒だったんだ……。
沸き出る暗い感情を押し隠して、青年は続ける。
「ゼフィアはカースの恩人なんだよね?」
「それは……」
「カースがゼフィアを嫌いなのは知ってるよ。憎んでるのも知ってる。
でも、だからって、死んだ人を悲しんじゃいけない事にはならないよ……?」
「……っっ!!」
男の瞳から、涙が堰を切って溢れ出す。
堪え切れずに声を上げて泣き出した男の頭を、青年は苦笑を浮かべて優しく抱き寄せた。
どうしてこんなに、この人はいつも我慢してしまうんだろう。
不器用なのは、結局のところ彼が純粋すぎるせいなのかも知れない。
リンデルは、そんな彼を愛しく思う反面、至らない自身を歯痒く思う。
カースがこんな風に誰にも頼れずに、泣くこともできずに居たのを、俺は今まで三年も、どうして気付けなかったのか……。
「カース、ごめんね。今まで気付いてあげられなくて……」
後悔の色濃い青年の懺悔に、男が青年の胸で首を振る。
まだ嗚咽の止まない男の黒髪を、リンデルは繰り返し、愛を込めて撫でた。
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