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シチュー
簡素な木の扉を、大仰な甲冑とマントを身につけた淡い金髪の青年が叩く。
白い息に包まれた青年の横顔は、その重厚な出立ちに見合う精悍さだったが、どこか優しげな温かみのある顔立ちをしていた。
わくわくと期待を滲ませた青年勇者の口元が既に緩みかけているのを、斜め後ろに控える小柄な従者が苦々しく見る。
村外れにポツンと建つこの家の周りには、村人の姿は無い。
その口元を引き締めさせるべきか否かと従者が思案している間に、扉へと人の気配が近付いた。
ギイッと木の軋む音をさせながら、扉が開く。
「ああ、来たか」
扉を開けた男は、体の左前で肩下に括られた黒髪を揺らして、金色の青年へ僅かに微笑む。
「あれ、残念。驚かないんだね。俺が来る事、知ってたの?」
「……これだけ張り出されてればな」
男は顎で、通りの奥にある雑貨店を示す。そこへは、冬祭りを知らせる張り紙が貼られていた。確かに、ここまでの道すがらこの張り紙はたくさん目にしたが、どうやらそこへ来賓として勇者が来るという事も書かれていたらしい。
「ふふ、そっか」
少し残念そうに、しかし嬉しそうに、金色の青年が苦笑する。
「ほら、外は寒いだろう。中に入れ」
今は雪は止んでいたが、景色はそのほとんどを白く染めている。
「まだ仕事中か?」
「ううん。今日の仕事はもうおしまい」
ニコッと笑ってそう話す青年に、後ろから従者が声をかける。
「勇者様、夜には宿に戻ってください。村をあげての歓待ですので、あちらに戻らぬわけにはまいりませんよ」
「ああ。わかってるよ」
まるで子どもに言い含めるかのような注意に、勇者と呼ばれた青年は振り向き苦笑を見せる。
「部屋が冷える。さっさと入れ」
男の言葉に、慌てて上がろうとする青年と、背を向けようとする従者。
「お前も入れ。凍えたいのか」
そこでようやく、浮かれていた青年も従者が外に控えようとしている事に気付く。
「ロッソもおいで」
主人から微笑みと共に手を差し出され、思わずその手を取りそうになった従者が、平静を装いながら後に続く。
「では、お言葉に甘えて……」
男は、相変わらずの二人の様子に、白い息をひとつ外に残すと扉を閉めた。
「お前達、腹は減ってないか?」
男の問いに、従者は自身も含められたことを意外に思いつつも答える。
「いえ、私達は済ませて参りましたので……」
「シチューを作っておいたんだが」
その言葉に、金色の青年がぴょこんと跳ねる。
「シチュー!?」
「ああ」
金の瞳が期待にきらきらと輝いている。
「カースのシチュー、俺大好きだよっ」
「……そうだな」
その嬉しそうな姿に、男はたまらず青年の金髪を撫でる。
「少しだけ食うか?」
「うんっ!」
破顔する青年とは裏腹に、従者が申し訳なさそうに申し出た。
「失礼ですが、先に少しいただいても良いですか?」
「毒見か。気を遣わなくていい、いくらでもやってくれ」
快く応じる男が、小さめの器にひと掬い入れようとするのを、従者がそっと制する。
従者は、いつも持ち歩いているらしい布に包まれた銀製の小皿とスプーンを取り出すと、シチューを掬って銀の小皿の上を滑らせた。
色が変わらない事を認めると、香りを確かめてから口へと運ぶ。
「…………美味しい……」
ぽつりと一言、寡黙な従者が零す。
それを珍しいなと思いながら、青年が胸を張る。
「ふふん、美味しいだろう?」
何故か自慢気に返してから、青年は男に自分の分をねだっている。
従者の感想を、許可と取ったのだろう。
「ほら。熱いぞ、気を付けろよ」
男がそう言い添えて差し出す木の器を、青年は少しだけ苦笑しながら受け取る。
青年には、二十歳近く離れたこの男や、十歳以上離れた従者が、どこか自分を子ども扱いしてくる事が、嬉しくもあり歯痒くもあった。
黙々と、銀の小皿に入れたシチューを残さず食べた従者に、男が声をかける。
「お前の分も作ってある。少し食って行くか?」
見上げた従者が、深い森のような色をした男の視線に包まれていた事を知る。
「では……その……、少しだけお願いします……」
なぜか恥ずかし気に、従者が俯いて答えるのを、勇者は楽しそうに眺めていた。
「これは……ご自分で作られたのですか?」
食後の胃にも多過ぎない程度の、軽く椀に注がれたそれを口へと運びながら従者が尋ねる。
「ん? ああ、俺の生まれたとこじゃ麦や小麦をたくさん作ってたんだ。
良い粉を正しく使えば、良い料理になる。それだけだ」
男も席に着き、こちらはたっぷり注がれたシチューとパンを口にしている。
「そうですか……。とても美味しいです」
従者の言葉に、男は顔をあげると「そいつは良かった」と目を細めて答えた。
「俺おかわりもらおうかなぁ」
と空の器を両手に捧げ持つ青年に、男が「また明日な」と声をかける。
暗に明日も来ていいと言われたのが嬉しいのか、金色の瞳が嬉しげに揺れた。
「そっか……、うん、また明日。俺の分、ちゃんと残しといてね」
「分かった分かった」
ぞんざいに返しながらも、男は腕を伸ばしてテーブル越しに青年の金髪を撫でる。
気持ち良さそうに目を細めた青年が、男の手に頬を擦り寄せると、自分の手を重ねる。
「明日のお祭りは、カースも見に来てくれる?」
上目遣いに見上げられ、男は心臓が大きく鳴るのを感じながらも、素知らぬ顔で返事をする。
「何だお前、挨拶でもするのか?」
「うん。一応、主賓だから」
「そうなのか。ならまあ、見に行こうか」
「うんっ。俺、頑張るよ!」
ぎゅっと空いた方の手で握り拳を作る青年を見ながら、男が補足する。
「そんな前まで行かないからな、遠巻きにだからな?」
当日、自分を探してキョロキョロしてしまいそうな青年を心配しているのだろう男の言葉を、分かってか分からずか、青年が作った拳を胸元に運ぶ。
「でもなんか……カースに見てもらえると思ったら、緊張するな……」
不安気に呟いた青年に、男がほんの少し口端だけを上げた。
「じゃあ、俺は見ないでおこうか?」
「い、いやいや!!」
「なんだ。緊張するんじゃないのか?」
揶揄う様子の男に、そうと気付かないまま青年が縋る。
「えと……その……俺、カースに、俺の事見てほしい……」
懇願する声、潤んだような金の瞳にじっと見つめられ、男は芯を射抜かれつつも、
「わかった。よく見ておくよ」
と苦笑を添えて答える。
「っ、ありがとう!」
弾ける、嬉しそうな金色の笑顔。
その眩しさに黒髪の男二人は目を細めた。
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