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「お届けにあがりました」  玄関先で荷物を受け取った俺は、配達員に向かってぶっきらぼうに会釈した。  とにかく時間がない。即戦力になってもらわないと、今日の納品が間に合わない。  ドアロックをひねり、荷物を抱えたまま仕事部屋に戻ると、箱の中から中身を放り出した。  先の見えない薄給でサラリーマンなんか続けてられるか。そう啖呵(たんか)を切って会社を辞めたのが一年前。わずかばかりのコネを頼りに、俺はフリーランスになった。これで誰の指図も受けなくて済む。稼いだ分はすべて俺のもの。水を得た魚のように俺は働きまくった。  仕事が安定せず、金に困る日が来るんじゃないかという一抹の不安はあったが、現実はその逆だった。  あまりの忙しさに手が回らなくなった。  次から次へと舞い込んでくる案件。それをこなすことで増える収入。しかし、フリーランスが立つ足場は、いつだって(もろ)い。ひと度仕事を断ろうもんなら、無情にも次回の依頼はやってこない。料金の安さや融通が利くことを売りにするしかないから、当然と言えば当然。下手な立ち回りをすれば、得意先からの信用なんてあっと言う間に失ってしまう。  そこで俺は、あるサービスと契約した。 『多忙なあなたに、猫の手を』  手が足りていない俺のような人間が、猫の手にすがれるサービス。まぁ、アルバイトを雇うような感覚だ。出費は痛かったが、安定した収入を絶やさぬためには仕方がなかった。  届いたばかりの新入りの猫は、先輩の猫から仕事を教わると、すぐにパソコンへと向かい、キーボードをタイプしはじめた。 「しっかり働いてくれよ」  所狭しと詰め込まれた猫たちに、俺は声をかけた。まるで、中小企業の社長にでもなった気分で。  そんな状況は、ある日を境に一変する。未知の感染症が世界中に蔓延したからだ。  身を置く業界はおろか、日本全体の景気が急激に悪化。みるみるうちに仕事は減っていった。  食いつなぐのがやっとというところまで、毎月の収入は目減りした。暇つぶし程度の仕事すらなく、ダラダラ過ごす日も増えていった。そんな状況で、猫たちの餌代をまかなえるわけがない。  非情かもしれないが、生きていくためには仕方あるまい。  俺は猫たちを車に乗せ、夜中の道を走った。二時間ほど走ったあと、真っ暗な山道の脇に車を停め、猫たちを追い出した。  大量リストラだ。  人間だろうが猫だろうが、業績悪化の末には、悲しい結末が待っている。 「今までありがとうな」  定型文のようなセリフを残し、俺は来た道を戻った。
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